第2話

 わたしはマイカーを持っていて、そして当然運転免許証も持っていて、助手席に尾花を乗せて自分で運転していくわけだが銀山温泉というところは秘湯なのでそりゃあもう遠いわ道が山道だわ雪が積もっているわで、大変だった。しかし、最寄りの空港(山形空港)からでも車で一時間かかるような場所だ。やむを得ないのである。


 さて、何にせよ目的地には着いた。銀山温泉郷、古勢起屋別館。その道では有名な、大正ロマンの佇まいを漂わせる独特の風格のある旅館である。


「なんや、ホンマこんなとこ奢りでええん? 割り勘持つで?」


 尾花は社長令息という身分の人間なので、金は持っている。だが、私もそれは似たようなものなので、別にそんなことをしてもらう必要はなかった。そんなことより、一人ではない、というのは心強かった。女ひとりの旅というのは、21世紀のこの時代でも、やっぱり何かとね、面倒なことも多くってね。


「ようお越しで」


 昔ながらの旅館であるので、女将さんが出てくる。部屋に通される。風光が明媚で、温泉があるという以外には何もない山奥の里のことだから、さっそく温泉につかる。部屋に戻ってくると、ご馳走が並んでいた。尾花沢牛に、ずわい蟹。山形の特産である。カニを前にするとき、人は男も女もなくなる。同性愛者も異性愛者もなくなる。もくもくと、カニを食べるのである。


 そして。夜になった。旅館の人が来て、布団を敷いていく。男女で泊っているわけなので、当然ながら布団は綺麗にくっつけられ、枕が二つ並んでいる。


「なんだか悪いね。尾花には恋人がいるのに」

「別にかめへんよ。そういう、なんていうか、執着するタイプとちゃうねん、あいつは」

「ふーん。どんな人なの?」

「おっ、惚気させる気か? 惚気てええんか? 惚気るで?」

「いいよ」


 というわけで、いろんな話を聞かせてもらった。なかなか面白かったが、面白半分に第三者に開陳していい話ではないような気がするので、その内容については語らない。


 ちなみに、二泊の旅程である。二日目は丸一日、まったく何もすることがない状態で、旅館でくつろぐ。そして今夜もカニだ。カニである。カニカニ。わたしはカニ、好きなもので。


「布の方はどうなんや。最近は、ええ男おらんのかいな?」

「んー。いまいちかな。ぱっとしない感じ」


 電気を消して、暗い部屋の中で、ふたり話をする。


「ねぇ……もしも。わたしがあのとき、彼氏を振ってでも惣也そうやか……それとも、尾花と……付き合う選択をしていたら、わたしたち今頃どうなってたのかな」


 相手がゲイなのは分かっているが、ギリギリまで攻め込んでみたつもりだった。しかし結果は、まあ分かってはいたが、撃沈だった。


「……多分な。それだと、俺、布とは“できへんかった”思うねん。実はな。ミサキに言われて、商売の女を抱こうとしてみたことがあるんよ、俺。でも、勃たんくてな。その相手には悪いことしてもうたけど、それで分かってん。俺は、ホンマモンの、筋金入りのゲイで、最初からそんで死ぬまで、そうして生きてくしかなかったんや、ってことが」

「そっか。大変だね」

「いや……別に、ノンケの人生だって楽ではないやろ。同じことや思うで、俺は」

「うん……そうだね」


 静かに。静かに。わたしたちの夜はそうして、更けていった。


 翌日。わたしたちは帰路に着き、そして大学での暮らしに戻った。

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われ見参、銀山温泉。 きょうじゅ @Fake_Proffesor

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