われ見参、銀山温泉。

きょうじゅ

第1話

 冬休みに旅行に行く約束をしていた女友達に急に彼氏が出来て、わたしの予定は大幅に狂った。さすがにわたしが前金を支払っている旅行プランを乗っ取って彼氏とその旅行に行く気はないが、さりとて冬休みの貴重な時間は大切にしたいから、という。万やむを得ないので、わたしは了承する。どうしよう。誰か別の相手を誘うか。行き先は、山里の温泉地である。山形県尾花沢市、銀山温泉郷。割と有名なところで、昔から憧れだったのだ。一度行ってみたかった。しかし、一人で、というのはさすがに困る。旅館の方でも嫌がるだろうし。


 さて、名乗るのが遅れた。わたしの名は野寒のさむしく。大学生をやっている。大学は普通に共学であり、わたしは普通に女だ。ちなみにわたし自身には彼氏はいない。いたこともあるのだが、だいぶ前に別れた。別にヨリを戻そうなどという意思も互いにない。


 そういえば、とわたしは思う。その彼氏と付き合っていた頃に、わたしは二人の幼馴染に告白されたのだった。同時に、だ。二人から同時に。無茶なことをするものだと思う。しかしいずれにせよ、わたしには彼氏がいたから、その事実を端的に告げ、両方をまとめて振った。その二人に、連絡をしてみようか。そう思った。


 で、まず片方について結論を言うと、そっちには彼女が出来ていた。二年年下の子だそうだ。うまくいっている、ということを教えられた。結構なことである。文句を言う筋合いでもないし。さて、駄目元ということで、もう片方にも連絡を取る。既に予約の入っている温泉旅館があるのだが、一緒に行かないか、と。


 どんな鈍い男でもこれが下心のある誘いであることに気付かないということはないだろう。仮に、その男が一般的な意味での‟男性”とは異なる種類の人種だとしても、だ。で、会って話をしたわけだが、こう言われた。


「あんな、布。俺な。実は、布に告白した後で気付いてんけど、ゲイやってん」


 わたしは、ぽかーん、としてしまった。ゲイ? 幼稚園からの幼馴染だった、あの尾花おばなが? わたしに告白とかしてきた、あの尾花が?


「そうなんだ。じゃあ、付き合ってる相手の男性がいるの?」

「おるで。塩野実佐樹みさきって言うねん。今度紹介したるわ」

「ああ。わたしは知り合いじゃないけど、うちの大学じゃ有名だよね」


 塩野という人は、いわゆる‟男の娘”という種類の人間であるらしい。ちらっと学内でその姿を見かけたことくらいしかないが、非常に目立つ存在ではあった。


「ま、じゃ、恋人がいるんじゃ、わたしと旅行は無理か」

「いや。別に行くなら行ってもええて、ミサキには言われとる。だから行ってもええで。色っぽいことになったりはせえへんと思うけど、それでよかったら」


 うーん。わたしは考えた。そろそろ、予約の日が近い。他に当たるほどの心当たりもない。じゃあ、一緒に行くとするか。この幼馴染と。


「じゃ、行こっか」

「行くか」


 そういうことになった。

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