おさななじみ
川谷パルテノン
相田
はじめて男をナンパした。後ろ姿が綺麗だったから。振り返ってみても俺は構わず話し続けた。相手にペースを取らせない。それが俺の作戦だ。しかし相手は俺の顔を見るなり走って逃げた。だけどさ、俺も足の速さには自信があんだよねって追いかける。今考えると相手が誰にせよ逃げる人を全力で追いかけるってのは周りから見ると不審だろうな。でもそん時は逃さねえってプライドみたいなのが働いて無我夢中だったんだ。やっと追いつく頃には二人ともヘトヘトで、だから気付いたんだ。俺と足の速さで張れる奴なんてこの町じゃひとりしか知らないから。
「ハァ、ハァ……相田ぁ。おまえなんで……なんでそんな格好して」
「ガハッブフォゴッゴフォ! あ、相田って誰ですか!? みつを!?」
精一杯の裏声だった。
「ナンパなんかすんなよ!」
「いや女だと思ったんだよ!」
「トゥンク……て違う違う! カーァァ! とにかく見なかったことにしろよな! あと二度と声かけるな! てか見かけるな! 引っ越せ!」
「無茶なこと言うなよ。つうかさ別に話すくらいよくね? 小中ってそうだったんだし、俺ら友達じゃん?」
「……お前、俺が変だなとか思わんの?」
「安心しろよ。めちゃくちゃ思ってる」
「ハッハッハ殺す」
「なんかさ隠そうとするのどっかで恥ずかしいって自分でも思うからだろ? もっと楽に考えろって。変かどうかって言ったら変だと思うよ。でも俺もおまえと違う変なとこいっぱいあっから。裏で性獣とか言われてっし気にしてないけど」
「性獣」
「なあ、久しぶりだしファミレス行かね? 俺ナンパ成功率一〇〇パーセントキープしときたいんだよね」
「なんなのお前」
全速力で走ったせいで落ちたメイクをなおすとかでスーパーのトイレに入った相田を待つ。格好が格好なので男子便に入りつつも誰も入ってこないように見張ってろと言われた。化粧なおしを終えて出てきた相田はやっぱり女の子だった。走る姿は大股でなんなら少しパンツが見えてたけどそれは黙っておくことにした。
相田がなんで女装するようになったのか。俺は素朴な疑問をぶつけてみた。あんまデカい声で言うなと注意されたが相田は正直に話してくれた。昔からメイクに興味があったらしいが、それはさておき相田にはめちゃくちゃ美人な姉ちゃんがいて、でもその人はもういない。残った化粧品の数々を相田はこっそり自分の机に隠した。それを取り出しては外で人目を避けながら自分でメイクすることを覚えたんだって。男が好きとかそういうのとはまたちょっと違うみたいだけど、でも女装はもう癖になってやめらんないらしい。可愛いとか言われるのはめちゃくちゃ嬉しいとかモジモジしながら言うので俺はニコニコしながら「キメエ」と言うと顔面に拳を叩き込まれた。鼻血垂らしながらもっかい言ってやった。
結局、俺は相田とファミレスで五時間くらい話して、その頃には相田の新しい顔も見慣れていた。まあ確かにちょっと可愛いのかもしれない。ね、俺も大概変でしょ。昔は相田ともよく遊んだ。相田ん家はこの辺りじゃ裕福なほうで、相田はいっぱいゲーム機とか持ってたからたまり場になってて。そん頃に初めて相田の姉ちゃんに会って、見た目ヤンキーでめちゃくちゃキツそうなんだけどマジでキツくて、トイレ借りて出てきたら「クソジャリがうちでションベンすんな」って凄まれて、まあそれで俺のなんかが壊れました。あれが初恋だったのかもしんないな。ビビッて本人にはプロポーズなんて出来なかったけど、その隙間みたいなんを埋めるのに今の俺の生き方があると思う。相田は相田で姉ちゃんとDNAをわけてるだけあって整った顔で、化粧すると姉ちゃんの面影を感じる。相田の顔をじっと見ながらやっぱり一回くらいコクっときゃよかったかなあって思うと自然と言葉が溢れた。
「好きです」
「!!」
何回殴るのよ。もう貧血ですわ。結局また遊ぼうってことでその日は別れた。相田に再会したせいか二度と見たくないと思って久しく見てなかった嫌な夢をまた見た。
ゲーセンに来た。その日の相田はすっぴんで、髪を切れって言われてどうしようか悩んでると言った。俺は地毛だったんだと驚いて改めて相田の長い髪を見てヘアエッセンスのコマーシャルに出れるよと。相田はしんどそうに笑うと「親父が姉ちゃんを思い出すからやめろって」って言う。俺はなんかムカついたね。相田は相田だし、相田の姉ちゃんは相田の姉ちゃんだ。それに親ならどんなに辛くても自分の子供を忘れようなんて思うなよと我慢できずに言ってしまう。相田はまだしんどそうにしながらも「ありがとう」と言った。
「てかさ今日なんですっぴん?」
「なんでって一応……」
「一応何? 別に俺は相田がどっちでも気にせんけどさ。相田がやりたいほうでいいんじゃね?」
「……ちょっと待ってて。着替えてくる」
今にして思えば余計なことを言った。トイレに行ったまま全然帰ってこない相田のことを、まあ化粧ってそんなもんかと待ってたけどやっぱり遅すぎる。俺は急に不安になった。トイレに入って相田の姿が見えない。一番奥の扉だけが閉まったままだ。俺はめちゃくちゃ嫌な気分になる。理性なんて元々あるんか知らんけど、こう抑えが効かんなるみたいな。ドアノブには鍵。蹴破った。壊れた扉を押し退けて男が飛び出してきた。一瞬見えた相田の顔は魂が抜けたみたいに無気力で、俺はすぐ男を追いかけてとっ捕まえると馬乗りに顔をぶん殴った。店員が止めなきゃ今頃人殺しだったと思う。でもそれならそれで、いや、そのほうが良かった。俺と相田はそれぞれ警察で聴取を受けて、相田は被害者。俺は暴行罪で家裁送りになった。結果から話すと友達のためにやったことと他に目立った非行事実はないってことで不処分に。家に戻ったら母ちゃんから相田には二度と会うなと言われた。
相田と会わなくなって二週間。結構心配したんだ。相田の姉ちゃんはレイプされて自殺した。なんも悪くないのにそういうクソの所為で人生が止まっちゃったんだ。俺もそのことは中学を卒業した後で知って、でもわざわざ相田とは会わなかった。相田の姉ちゃんのことは好きだったし、相田とは友達だったし、胸糞の悪い話だったけど、なんていうかそん時の俺は相田と遠かったんだ。俺なんかが首を突っ込むこっちゃないって。本当はなんて言ってやればいいか言葉が見つかんなかった。高校も違ってほんで遠くなった。でも今回は違う。未遂とはいえ相田もおんなじ目にあわされて、相田の中にはまだあの時のことがあるはずで、言ってしまえば俺はそれが怖かった。ずっと相田のことを考えてた。あいつは弱くない、でも……そんな様子で何回もおんなじことを考えた。おかげで付き合ってたミキには愛想を尽かされました。俺は相田に会いにいくことにした。
相田のお父さんは俺に帰ってくれと言った。相田も会いたくないって言ってるって。とりあえず生きてるっぽくて安心した。会いたくないってそんなわけ、いやそりゃそうかなんていろいろとどっちにも思い当たる節はあった。「すんません。お邪魔しました」帰り道、俺はメッセージを打った。
あれからまた一週間。うまくいけば今日は当日だ。俺は駅前のマックで待った。来るか来ないかもわからない人のためにずっと待ってナゲット五箱くらい食った。日も暮れかけた頃、俺はちょっと諦めかける。あんな目にあった後だ。一人で出歩くのも怖いんかもしれん。ただ返事がないだけで既読はついてるそれが希望だった。約束の時間は三時間を回っても現れないので、もう流石に来ないかと店を出た。
「ハァ、ハァ、ハァ……ごめん、家抜けるの……ハァ、たい、大変で」
「相田ァアア!」
なんか泣けてきた。今日は女装バージョン。
「もう、大丈夫だから。俺ももう大丈夫だから! 迷惑かけた!」
めちゃくちゃ泣けてきた。わかった。わかったから、お前の覚悟。
「んじゃ行きますか!」
「でも電車もうないんじゃ」
「夜バスのチケットも抑えてます。しっかし京都なんて女とも行ったことないぞ」
相田が嬉しそうに笑った。相田は姉ちゃんの件で修学旅行を欠席した。あん時なんで休んでたのか知らんくて鬼電したのはごめんですむのかわからんけどごめんな。
既読 18:32
"よかったら修学旅行やりなおさんか?
一週間後駅前のマックで待ってる"
既読 18:33
"ともだちだもの みつを(偽)"
おさななじみ 川谷パルテノン @pefnk
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