第58話 彼の過去⑩(カルード視点)

 ナルミナが亡くなったのは、俺が庭で会った翌日だった。

 俺がした嫌な予感は、当たってしまったのだ。せっかく呼び出した医者も、最早意味はない。今となっては、彼女の体を治すことは叶わないからだ。


「ふん……む?」


 そんな時、俺は自分の机の中に一通の手紙があることに気づいた。

 その手紙に、覚えはない。だが、誰がいれたのかは、大体わかっている。


「愚かな奴だ……」


 手紙を読んで、俺はそんなことを呟いていた。

 そこの手紙には、死期を悟った母親の必死な思いが綴られている。

 娘のことを守って欲しい。要約すれば、ナルミナはそう言いたいのだろう。


「娘か……」


 俺は、ゆっくりと手紙を閉じた。

 ナルミナには、一人の娘がいる。その娘がいれば幸せだと、彼女が思える程に、愛されていた娘がいるのだ。

 その娘を守る。それが俺のやるべきことであるようだ。


「だが、もう一つやるべきことがある」


 しかし、俺にはそれよりも優先しなければならないことがあった。

 今回のナルミナの死には、母上が関わっているだろう。母上は、俺が呼び出した医者にナルミナの遺体に近づけさせなかった。何か不都合があったということなのだろう。


「あの愚者を叩き潰すことこそが、この俺の生まれた意味だ」


 俺は、母上を許すつもりがなかった。

 あの愚者は、少なくとも二人の人間を殺めている。これ以上、あの母親をのさばらせておく訳にはいかない。

 だが、あの母もただの愚か者ではないだろう。自身が関わっている証拠を、そう簡単に見せることはないはずだ。故に、時間がかかるだろう。


「その間に、なんとかしなければならないか……」


 俺は、その間にナルミナの娘を守らなければならない。

 だが、ただ守っているだけでは駄目だ。俺はいずれ、母上とともにこのクーテイン家から消え去るだろう。

 その場合、母上に似た愚者である姉二人を、ナルミナの娘は相手することになる。あの二人の相手をするには、ナルミナの娘には強くなってもらわなければならない。


「どの道、俺に優しい方法などは無理だな……」


 それに、俺は優しい方法など知らなかった。

 俺は俺のやり方で、あの娘を鍛えるしかない。

 それで折れてしまったなら、それは仕方ないとしよう。

 そう思いながら、俺は自身の人生を始めるのだった。

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