第56話 彼の過去⑧(カルード視点)
俺が庭にいると、ナルミナがやって来た。
最初に花を取りに来てから、この妾は何度かこの庭を訪れている。その理由は定かではないが、大体察している。花を持って帰ると、娘が喜ぶからだろう。
「ふん……今日も来たのか?」
「ええ、ごめんなさい。また、お邪魔させてもらいます」
この庭に来る度に、ナルミナは危険を冒している。
屋敷の中を歩いている所を誰かに目撃されれば、母上に報告されるだろう。そうなれば、母上は怒り狂うはずだ。
その危険を冒してまで、ナルミナは花を取りに来る。それ程までに、娘を愛しているのだろう。
「あの子は、花を持って帰ると笑顔になるんです。いつも、あの屋根裏部屋から見ている花が近くで見られるのが嬉しいようなのです」
「そうか……」
ナルミナとその娘は、不自由な生活を送っている。
あの屋根裏部屋で、必要最低限のものだけ与えられて、空虚な毎日を過ごしている。そのはずだが、何故かナルミナは笑顔だった。
それが、俺は信じられなかった。悲惨な毎日の中で、何故笑えるのか、それがまったく理解できない。
「一つ聞いてもいいか?」
「はい? なんでしょう?」
「お前達は、今が幸せなのか? あの屋根裏部屋の中で暮らす毎日を、どのように思っている?」
俺は、思わず問いかけていた。
今が幸福なのか。俺は、無性に気になっていたのだ。
「……幸せだと思います。確かに、不自由はありますけど、でも、幸せです。私の隣にあの子がいて、きちんと生きている限りは、私は幸せだというべきなのだと思います」
俺の問いかけに対して、ナルミナはそのように返してきた。
娘が隣にいれば幸せ。その答えは、俺の胸の中に突き刺さってきた。
このナルミナは、娘のことを愛しているのだ。その存在がある限り幸せであると言い切れる程に、愛しているのである。
「ふっ……」
「カルード様?」
その事実に対して、俺は笑うしかなかった。
ナルミナは、娘を愛している。それは、きっと親として当たり前の感情なのだろう。
その感情を受けてこなかった俺は、自らの親達を笑っていた。あの愚か者達は、目の前にいる女性に全てにおいて劣っている。
どれだけ権力を持っていても、奴らはただの愚か者だ。俺は今、はっきりとそれを理解したのである。
「礼を言おう。そして、謝罪しよう。無粋なことを聞いてしまった。すまなかった」
「いえ……」
俺という存在は、生れて来る価値がない存在だった。
そう思っていた俺だったが、今やっと俺が生まれてきた意味を理解できた気がする。
俺は、あの者達の間違いを正すために生まれてきたのだ。このクーテイン家を、手に入れなければならない。あの愚者達の手に踊らされては、ならないのである。
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