第55話 彼の過去⑦(カルード視点)
俺は、今日もいつも通りのつまらない毎日を過ごしていた。
この空虚な日常に、特に変化はない。
「何……?」
「あっ……すみません。失礼しても、よろしいでしょうか?」
そんなことを思っている時、俺がいた庭に、一人の女性がやって来た。
それは、父上の妾だ。平民である妾は、どこか儚げな雰囲気をしている。母上とは正反対で、いかにも父上が気に入りそうな女性だ。
しかし、この妾は屋根裏部屋に監禁されているはずである。それなのに、何故、この庭にやって来たのか。それが問題だ。
「何をしている? お前は、あの部屋に閉じ込められているはずだろう?」
「……ここに咲いている花を、少し拝借したくて」
「花だと?」
俺の質問に、妾はそのようなことを言ってきた。
確かに、この庭には花が咲いている。だが、それをどうするつもりだというのだろうか。
「あの屋根裏部屋には、何もないでしょう? 花を置いておけば、少しは明るくなると思って……」
「なるほど……別に、俺としてはお前の行動を咎めるつもりはない。花を持って行きたいなら、いけばいい」
「ありがとうございます」
どうやら、この妾は、屋根裏部屋に花を置きたくて、ここまで来たようだ。
この庭に下りて来るには、屋敷の中を通って来なければならない。当然、誰かに見つかる危険があった。
見つかれば、母上は激怒しただろう。その危険を冒してまで、ここに来た勇気には、一定の敬意を示すべきである。
故に、俺は今回の件を母上に報告しないことにした。そもそも、俺にとってはどうでもいいことだ。報告する義務もない。
「カルード様……ですよね?」
「……ああ、そうだ。だが、それがなんだというのだ?」
「あ、いえ、すみません。あまり会ったことがないので、自信がなくて、確認させていただきました」
「……別に構わん」
花を丁寧に取りながら、妾は俺に話しかけてきた。
この妾と、俺はほとんど会ったことがない。故に、あちらが俺を認識していないことは不思議なことではなかった。
だが、確認する必要があるようなことでもないだろう。俺とこの女は、まったく関係がない。知っていても知らなくても、左程変わらないことだ。
「それでは、失礼させていただきます」
「……待て」
「はい?」
花を取り、この場を去ろうとする妾を、俺は引き止めていた。
それは、気まぐれだった。ここに来るという勇気ある行動に対して、敬意を示したくなったのだ。
「俺が屋根裏部屋まで連れて行ってやる。俺がいれば、他の者は違和感を覚えないだろう」
「いいのですか? それは、ありがとうございます」
こうして、俺は妾を部屋まで連れて行くことになった。
思えば、この気まぐれが、俺とこの妾、ナルミナとの始まりだったのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます