第51話 彼の過去④(カルード視点)

 フェリンドが亡くなった知らせを聞いたのは、ヴァスティオン家の屋敷を訪問してから、数週間後のことだった。

 なんでも、フェリンドは何者かに暗殺されたようだ。その黒幕が誰かなどは、言うまでもないことだろう。

 実の父親の死に、何も思わない訳ではない。だが、そのことを気にできる程、俺の心に余裕はなかった。

 クーテイン家の血を引かず、父にも母にも愛されない俺の存在に、何か意味はあるのだろうか。俺は何のために生まれてきた。そんな考えが、頭の中に響いてくる。


「ふん……」


 俺は、屋根裏部屋に籠って、そんなことを考えていた。

 この屋根裏部屋は、屋敷のほとんどの者が近寄らない場所である。

 どうでもいい部屋であるためか、碌に整備もされていない。俺が掃除している以外は、古びたものばかりだ。

 だが、そんな空虚な場所が俺にとって憩いの場だった。誰にも縛られないこの場所は、俺が唯一落ち着けるような場所なのである。


「む……」


 俺は、そんな屋根裏部屋の窓から、外を眺めていた。

 そこで、奇妙な人物を目撃したのである。

 窓の外にいるのは、若い女性だった。だが、その女性はクーテイン家の人間ではない。それどころか、貴族でもないだろう。明らかに、貴族の格好ではないからだ。

 しかし、使用人や仕事で来た人間でもないだろう。そういう人間の身なりでもないからである。


「ならば……」


 ということは、そこにいるのは平民の女性ということだ。

 しかし、このクーテイン家の屋敷に平民が来ることなど、ほとんどない。余程、特殊な事情でもなければ、屋敷に入ることはないはずである。

 つまり、あの女性は特別な事情があって、この屋敷に来ているということだ。その特別な事情がなんなのか、それはわからない。


「む……」


 そう思っていた俺の目に入ってきたのは、その女性に近づいていく父上だった。

 父上は、俺が見たことがない笑顔でその女性に接している。その様子だけで、俺は全てを察することができた。

 恐らく、あの女性は父上の浮気相手なのだ。俺という存在により、父上は母上に疑念を抱いていたはずである。そのため、別の女性と関係を持っていてもおかしくはない。


「ふっ……」


 笑顔で話す父上に、俺は思わず笑っていた。

 そのような笑顔ができるなど、思ってもいなかったことだ。余程、俺や母上と接することが苦痛だったのだろう。

 そのことが非常に滑稽だった。結局、このクーテイン家は家族と呼べるようなものではなかったのだ。俺の存在は、その歪な家族の象徴ともいえるだろう。

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