僕はヒーローだ

桃丞優綰

僕はヒーローだ

僕はヒーローだ。




例えば僕は捨てられたゴミを放っておかない。




例えば捨てられた猫を放っておかない。




例えば捨てられた子を放っておかない。




 拾う、拾う、拾う。朝日が差し込み、僕が歩いてきた道が照らされた。振り返ると一点の障害物もないスッキリした道だった。もちろん、全部が見えるわけではない。地平の彼方は少し暗くなっていて、ライトが必要だ。




 僕はよく笑われる。バカだバカだと笑われる。それでも僕は気にしなかった。僕は僕の生き方をする。そう決めてたから。




 まあ、今はそれはいい。




 僕はまた、前を向いて進んでいった。目の前は今度はたくさんのゴミで溢れている。一つ一つを相手にするのは正直しんどい。でも、誰かがやらなきゃいけないことで、気づいた僕がまず率先してやることが大切だと思うのだ。




 にゃー




 鳴き声がした。道の脇の茂みに子猫が一匹捨てられていた。僕は少し考える。というのも、育てる場所があるのだろうか。でもこの子猫をこのまま放っておくわけにはいかない。しかし病気を持ってるかもしれない。色々考えた。




 キラーン




 でも、結局は子猫を抱き上げ太陽に掲げた。今日から君の名はサンだ。宜しくサン。




 サンはどんどん大きくなり。いつの間にやら僕のゴミ拾いを手伝うようになってくれていた。そして、そんな折りだった。




「こんにちは」




 サンが子どもを連れてきたのは。




 彼の名前は陽と言った。どうやら孤児で施設に暮らしているようだった。彼は何度か遊びに来て、サンと、僕と戯れていた。




「おじさんと、サンと一緒に暮らすかい」




 ある日、僕は彼に聞いた。彼は笑顔でうんと答えた。その笑顔が太陽のようで、僕はサンと彼を兄弟のように扱うようにした。




「陽はお兄さんだから、サンを守ってあげてね」




「うん」




 子どもは純粋無垢だ。そのままに育って欲しい。だから僕はゴミの拾い方も陽に教えた。




僕はヒーローだ。




だから身体を鍛えている。




だからアクション映画をよく観ている。




だから悪いやつをやっつける。




 筋肉が悲鳴を上げた。でも僕は助けなかった。時にはそれが彼のためになるからだ。




 キャー、ウギャー、助けて~




 さすがにうるさいので、仕方なく僕は助ける。どっと疲れが溢れ出た。でも思うんだ。いい仕事したって。




「僕もやりたい」




 陽がそう言った。僕はまだ早いと教えてあげる。それでも陽はやりたがった。どうしても僕の真似をしてみたいのだ。




「よし、今から映画を観に行こう」




「えっ、なんで」




「おじさんが目標にしているヒーローに会わせてあげるよ」




 一度言い出したらなかなか止まらないので、僕は気をそらすために映画に連れていくことにした。




 暗い空間でチカチカと大画面が光り始める。陽が落ち着かない様子でウロウロとしていた。僕は映画の説明をスラスラ始める。




 と、そんな折りに男が暴れだした。




「てめぇ、ふざけんな」




 怒声が暗闇を震わせた。暗闇が捻れて強い重力を帯びる。怒声を中心に渦が広がっていた。渦は周りのものを吸い込んでいき、そして毒を吐き出している。たくさんの人が巻き込まれている。




 僕は立ち上がった。そして怒声の渦へと飛び込んでいく。両手を突きだし飛び込んだ。




「なんだてめぇ」




 男は毒の集中放火を浴びせかけてきた。時折、隕石も飛んでくる。僕はするりするりとそれらを避けて、男を捻って空間を元に戻した。




「覚えてろよ」




 男はそう言って、暗闇から消えていった。




「ありがとう」




 男と一緒にいた女性がそう言った。




僕はヒーローだ。




ヒーローは孤独だ




ヒーローは誰にも頼らない




ヒーローは愛と勇気がある




 急に、サンがいなくなった。それを追って陽までいなくなる。僕はまた一人になってしまった。




「どうしたんですか」




 風が荒むなか、映画館で知り合った女性が訪ねてきた。




「サンと陽がいなくなった」




 僕は手短にそう言って、そのまま出ようとする。




「えっ、ちょっと待って、警察に連絡したんですか」




 女性がそう言った。




「そんなの後だ」




 僕は手短にそう言って、そのまま出ようとする。




「私場所知ってます」




 女性がそう言った。




「えっ、どこだ」




 僕は手短にそう言う。




「実は、それを伝えに来たんです」




 女性はそう言う。




「どういうことだ」




 荒んだ風が止まった。




「あの男は暴力団の人なんです」




 女性はナクナクそう説明した。団に関わったらみんな不幸な目に合うらしい。




「あの日、私は彼と別れようとしてたんです」




 女性はアザだらけになった身体を僕に見せた。僕の心がきゅんと締まった。




「ひどい」




「危険な相手です。警察を呼びましょう。本当はこんなこと言ったらいけないんだけど」




 女性はそう言って目を泳がせる。きっと、ばれたらひどい目に合うのだろう。身体が熱くなる。




「一人で来いと言ってるのか」




 僕は立ち上がった。両手を突きだして、飛ぶ姿勢に入る。




「相手は複数人います。暴力団全員が集まってますから。お願い。警察を呼びましょ」




 女性も立って僕の裾を掴んで止める。




「ヒーローは誰にも頼らない」




 僕は丁寧にその手を払って、飛び立った。




 悪魔がいた。黒い暗闇の中に悪魔が微笑んでいた。僕は悪魔を睨み付けて、身構える。しかし悪魔は攻撃してこなかった。僕の周りにまとわりついて、クスクスと囁いているだけだった。




 パンチした。




 キックした。




 投げ飛ばした。




 しかしそれでも悪魔は一向に離れなかった。月がうっすらと浮かんでいるのが見える。




 僕は放っておいて、前へと進んだ。今はそれどころじゃない。サンを想い、陽を想い、僕は勇気を振り絞った。




僕はヒーローだ。




悪いやつと戦った




悪いやつはたくさんいた




悪いやつはいなくなった




「ようよう兄ちゃん。久しぶりだな」




 夕日がたくさんのゴミを照らした。筒上のもの。木に釘を打ち付けたもの。キラリと光る鋭利なもの。それが10か、いや、20はあった。




 うようよと蠢くそれらを見ていると、少し酔ったような気分になる。景色がぼやけて見えて、そしてすぐにはっきりと認識される。酔ってなんていられない。




「サンと陽を返せ」




 僕はそいつを睨み付けて、威嚇する。




「俺に勝ったら解放してやるよ」




 そいつはそう言った。周りはにたにたと笑っている。




「卑怯者め。一人じゃ何も出来ないのか」




 僕は一歩も引かずに食って掛かる。




「バーカ、ちゃんと一人で戦ってやるよ」




 そう言いながら、男は前に出る。ポケットからナイフを取り出し、自在にそれを振り回した。




「おいおい、びびってんか。俺は一人だぜ」




「ふん、それくらいのハンデはやる」




「ちっ、調子に乗ってんじゃねぇよ」




 また、どす黒い渦がそいつを中心に回った。今度は時々きらきら光っている。近づくものを全て飲み込んで、食い尽くす。渦はそう言っているようだった。




 きらきらが右を掠めた。そして、左。今度は下から突き上げてくる。僕は渦には巻き込まれない。それらを全て避けて中心にいるそいつを捩じ伏せた。




 周りのにたにたが止まった。きらきらが音を立てて、地面に転がる。




「ちくしょう、離せ」




「サンと陽を返せ」




 にゃー




 鳴き声がして、僕はすぐにそっちを見る。サンだ。首根っこを掴まれている。持ってるやつは違うきらきらを持っていた。




「大人しくしないとどうなるかわかってるな」




 やつはそう言った。




 僕はそいつを離してやる。そいつは転がるように離れていった。顔がひくついている。そして、笑った。




 ははははは、バカめ、バカめ、お前は何も出来ないんだよ。




 渦から言葉が飛び出してきた。言葉が僕にぶつかり、僕の身体に傷が出来る。




 はははははは、ヒーロー気取りか、お前はただのバカだ、ここで死ね




 腹は打たれ、背中が蹴られ、顔は腫れ上がる




 バーカ、バーカ、バーカ




 僕は渦に巻き込まれ、ズタズタにされた。




「僕はバカじゃない」




「どの口が言うんだ、ああ」




「バカはお前だ」




「ははは、立場を弁え、ろ」




「サンと陽を返せ」




「おいおい、本物のバカだなおま、え」




「僕は、ヒーロー、だ」




「はははははは、じゃあヒーローさん、あいつを助けてやれよ」




「やめろ」




「やっちまえ」




「やめろ」




「ほら助けてやれよ」




「やめろー」




 夕陽が沈んだ。最後にキラリと赤く光って、永遠の休みについた。




「うおおおおおおおお」




 月が出てきたからか、狼男が姿を現す。呪われた悲運な男。彼は、周りにいる血肉を求めた。血肉を食らった。たくさんのゴミが降ってくる。だが、それでも狼男は暴れまわった。




 そして、静寂が訪れた。




 悪魔が笑っている声だけが響いていた。狼男は最後に火を吐く。火は炎となり、業火となった。狼男は佇んでいた。ゴミがたくさんそこにあった。




僕はヒーローだ




ヒーローは人を殺さない




ヒーローは悪いやつも許してあげる




ヒーローであるなら僕は僕を・・・・・・




 業火が包むと悲鳴が上がった。




 キャー、ウギャー、助けて~




 でも、僕は放っておいた。時にはそれが彼のためになるからだ。




「お前、ヒーローなんだろ、助けてくれよ。ヒーローは人を殺さないだろ」




 乾いた言葉だ。今更過ぎる。




「俺の知ってるヒーローは悪いやつも許してくれるんだ。なぁ、もう悪いことはしない、だから許してくれ」




 悪者の言うことなんか信じられない。




「くそっ。お前なんかヒーローじゃない。お前は悪魔だ。この悪魔め」




 それが本音か。




「やめて」




 唐突にそんな言葉が叫ばれた。僕は手に持っていたものから視線を動かす。




 あの女性だ。業火の外から叫んでいる。




「太郎さんやめて。貴方はそんなことしてはだめ」




「今更だよ」




 僕は言った。




「ヒーローは人を殺しちゃだめ」




「今更だ」




 僕の目の前が滲んでくる。




「許して上げて。その人もクズだけど人間なの」




「こいつが」




 僕は顔を歪ませた。




「そう、生きている人間なの」




「許せない」




 僕の手には力が入る。




「まだ戻れる。あの優しくて勇敢なあなたに戻って」




「許したら、僕は僕を許せなくなる。戻れない。僕は大変なことをしてしまっている」




 僕は手に持っていたものを投げ捨て、空を見上げた。




「戻れるよ」




 と、遠くにいた女性が僕の裾を掴んでいた。




「貴方は戻れる。貴方は何も悪いことをしていない。ただちょっと夜の月に心を乱されただけ。貴方はヒーロー。そうでしょ」




 僕は彼女を見た。優しくて、悲しくて、必死な笑顔で僕を見ていた。




「お父さん」




 声がした。子どもの声が。聞いたことある。懐かしい声が。遠くに霞んで聞こえてくる。




「お父さん。助けに来たよ。今度は僕が助けて上げる」




 今度ははっきり聞こえた。これは現実だ。陽が駆けてくる。




「ダメだ。こっち来ちゃ」




 ほとんど反射的だった。僕は彼女を連れて、業火の中を潜り抜ける。




「お父さん、大丈夫」




 陽が真剣な目で僕を見ていた。僕はその目を見て、遂に膝が折れた。




 雨が降った。業火が弱まっていく。ゴミは綺麗に流された。




「僕、ちゃんとヒーローになれた」




 陽が聞いてくる。僕は笑って抱き締めた。彼女も一緒に抱き締めた。




「僕の周りの人はみんなヒーローだ」




 ありがとう。そう思った。




「それは、太郎さんがヒーローだからだよ」




 彼女はそう言った。




 そう。




 私は、ヒーローだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕はヒーローだ 桃丞優綰 @you1wan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ