第75話 マザー結婚相談所

「それは……、言えないわ」


「言えない?」


 忘れたわ、とか、ただの偶然よ、なら分かるのだけれど、言えない、となると途端に只事ではない感じがしてくる。


「そう、言えないの。察してちょうだい」


「はぁ……」


 ゴーン……、ゴーン……。


「あ、9時の鐘が鳴り始めたわね。ドロテちゃんをお迎えに行きましょ」


 マザーの心情を察した鐘が鳴り始め、この話はこれで終わった。深い事情がありそうだが、こういうときは踏み込まないのが大人というものだ。いつか昔話のように年老いたマザーが繰り返し繰り返し話してくれることを期待して。


 9時の鐘が鳴り始めてから30分ほどで南街区の一角にある領主屋敷の前に到着した。お城のような立派な石の壁と重厚な木の扉、扉の隙間から垣間見えるお屋敷の佇まいは城館と呼ぶに相応しい。鉄柵で敷地が見えるオダ家の領主屋敷とは全然違う趣がある。

 門衛に用件を告げると、一度、アッシュブラウンのくせ毛の若い執事が確認しに来た後、お屋敷の中に入り、ドロテちゃんとアルマさん、それからオダ家の護衛たちを連れて門の外まで出てきた。

 アルマさんは昨日までと同じ格好、ドロテちゃんは、マザーが着ていたような旅装のローブを身に纏っている。少しマザーのものと異なるのは瑠璃色のラインや6柱神の紋様が入っていないことだ。司祭と助祭で服装のデザインが違うんだ。教会内部は意外と階級社会なのかな。


 揃ったところで今回の護衛隊長のハンネスさんからもう一度、今日のスケジュールの確認があった。このまま歩いて教会入り、11時まで教会内で待機、11時から30分くらい教会内で召命の儀式、儀式中はマザーとドロテちゃん以外は遠巻きに待機、儀式が終わったらドロテちゃん以外は速やかに出立、という流れだ。何度聞いても観光の隙が無い。

 ところで町中を歩くのに武装した護衛が6人って、かなり目立つんじゃないかと思うのだけど、どうやら教会側と貴族側の見栄を張りたい気持ちが一致しての、お披露目的な意味合いもあるらしく、ある程度の貴族は宿泊したところから教会まで練り歩くものらしい。

 そんなわけで、司祭装束にばっちり身を包み、先導用の大きな杖を持ったマザーを先頭に、ドロテちゃん、アルマさん、そしてドロテちゃんとアルマさんの両サイドを護衛3人ずつで固めてぞろぞろ歩く。俺は右側の最後尾だ。

 が、厨二病を長年こじらせている俺にパレードは精神的にきつく、ついつい卑屈に猫背になってしまう。そして、「真ん中の、むっちゃかわいい」「司祭様、……好き」「こげ茶髪の女性にしばかれたい」という沿道の野次馬にいちいち反応して睨み付けてしまう。猫背の男が。それにしてもマザーもドロテちゃんもフードを被っているのだけど、それでも目ざとい人には分かってしまうものなのだな。ドロテちゃんは言うに及ばず、マザーも顔立ちは整っている。顔立ちは整っているが、しかし、性格は整っていない気がしている。


「スヴァン!背筋を伸ばせ!」


 猫背でオラついていたら前にいたゲオルクさんに怒られてしまい、我に返った。いけないいけない、護衛の任務中じゃないか。グスタフ伯父さん襲撃事件とリヒト侵攻を生き延びた男の叱責は短く、そして重い。


 そんなことがありつつも、賊に襲われることも、アルマさんにしばかれたい変態に絡まれることもなく、無事教会まで到着し、休憩の後、召命の儀式も予定通り終了した。儀式というものだから大層なものを想像していたのだが、他の教会関係者や信者たちも見守る中、全てのヒトのために神に祈ることに生涯を捧げることを宣誓させるような、厳かにして簡素なものだった。ちなみにマザーは進行役のお偉いさんの隣で祭具を渡したり、ドロテちゃんに何か見せてたりといった補助的な役割だったが、儀式中はマザーもドロテちゃんもフードを被っていなかったから、男性陣がとても色めき立っていた。俺も色めき立ちたい。サイリウム二刀流、いや、六刀流で応援したい。



「それにしてもスヴァンったら、別れ際に泣いちゃって可愛いわねー」


「ええ、本当に」


 日本にいる父さん、母さん、お元気ですか?僕は今、帰りの馬車でマザーにいじられています。


 イヌイへの帰路、俺はマザーの護衛として4頭立4輪馬車コーチに、マザーとアルマさんと一緒に乗せてもらっている。これに乗るのも久しぶり、グスタフ伯父さんの護衛のとき以来だ。軍用の幌馬車も一般の乗合馬車と比べれば乗り心地が良いのだけど、こっちは更に良い。


「あ、あれは、ドロテちゃんがあまりにもいじらしく泣くのをこらえながら『お勤め、頑張りますからね』って言うものだから、つられちゃったんですよぅ」


 ありのままを話した。子どものいない身だけれども、子どもを外に送り出す、寂しさと感慨が入り混じった親の気持ちがよく分かる。それに「可愛いわねー」に対してアルマさんが「ええ、本当に」と同意したのは、脈ありってことで良いんではないでしょうか!?

 あ、マザーがニヤニヤしてる。また心を読まれてしまったのか!?


「ね、ね、ところでアルマさんって恋人はいるの?或いは、血痕、じゃない、結婚してらっしゃるの?」


 血痕はアルマさんの場合、シャレになってないぞ。思わず細剣で穴だらけにされた自分を想像してしまう。


「……」


 沈思黙考。黙って考えるような仕草のまま、しばらく時間が経過し、アルマさんがようやくその均整の取れた口を開いた。


「いえ、生憎と。よわい22ともなれば、市井の女子おなごにはそのような男性の一人や二人、いるものだと聞いていますが、なかなかどうして。心を揺さぶられる方にお会いしたことはありません。良い機会ですので、そのあたりのところを是非、人生経験豊富なクリスタ様にご教授頂けないでしょうか」


 マザーに聞くだなんて何かの冗談かと思ったが、アルマさんの顔は少し前までの柔和な表情と違って、きりっとした真剣そのものの顔をしている。


「あら、私に聞くなんてよく分かってるじゃない」


 断るのかと思ったらマザーも満更じゃない様子だ。ところで回答できるんだろうか?


「あなた、心を揺さぶられたら恋が始まって、結婚に結び付くと思っているのかも知れないけど、いい?大事なことは収入と性格よ!」


 断言した!それは真理の一つではあるんだろうけど、聖職者がそんなこと言っちゃって良いのだろうか……。


「……なるほど」


 アルマさんも真面目だな!


「その上で心が揺さぶられる男性に出会えたら、有無を言わせず結婚してしまいなさい!例えばその剣を使って!」


 いやいやいやいや、待て待て待て待て。脅迫はまずいだろう。流石にアルマさんもドン引きじゃないか?


「……なるほど」


 そこは疑問に思おうよ!


「でも、実際問題として、遠くに住んでる男性よりも、近くに住んでいる男性の方が親密になりやすいから、近場の男性、特に同じ職場とか仕事上の接点がある男性から検討してみてはどうかしら?」


「……なるほど」


 アルマさん、さっきから全部、得心しているみたいだ。悪い男に騙されないか、ちょっと心配になってきた。


「そ・こ・で、手始めにここにいるスヴァンなんかはどうかしら?私はお買い得だと思うわよ?」


 !?

 マザーめ、何か企んでいるとは思っていたが、これか!ここで俺を出すのか!恥ずかしい!あ、でもアルマさんはどういう反応するんだろう?ドキドキしながらマザーとアルマさんを交互に見ると、


「なるほど、それは盲点でした」


 表情一つ崩さず、普通に納得していた。俺のドキドキは……。


 だが、少しの失望を余所に生真面目な顔で頬を赤らめもせず、アルマさんがまんじりともせずこちらを見つめながら、見据えながら質問して来た。


「スヴァンさん、おいくつですか?収入は?どの辺りにお住まいですか?傭兵はこのまま続けるおつもりですか?どのような女性がお好きですか?剣の腕前は?あ、ちなみに恋人はいらっしゃいますか?」


 なんだこれ。尋問か、尋問なのか?何か捜査されてるのか?剣の腕前って結婚に関係あんの!?恋人の有無を聞くの、最後に気付いたのか。チャンスかも知れないから真面目に答えないとな。


「えーっと、順番に答えますね。今年27歳です。今は恋人はいません」


 ちょっと見栄を張って”今は”って言っちゃった。


「兄のオスヴァルトと同じ年齢だったんですね」


 あの執事、同い年だったのか。それであんなに強いとは、圧倒的敗北感だな。


「イヌイの孤児院のそばに住んでます。傭兵は50歳までは続けたいんですが、その頃には他の仕事もする予定です。働き者でいつも笑顔の女性が好きです。えーと、あとはどんな質問でしたっけ?」


「収入と剣の腕ね」


 マザーも興味津々らしくて質問を覚えてた。すっごくニヤニヤしてる。


「収入は依頼の有無や駆除に成功した魔物の数で結構変わりますけど、去年は銀貨6000枚、今年は今のところ銀貨3000枚ですね。剣の腕は、オスヴァルトさんと何回か手合わせをしましたけど、勝てる気がしませんでした。」


「銀貨6000枚!」


 いや、マザー、そこに反応しないで。


「ほほう。それはそれは」


 アルマさんは感心したように頷いている。


「剣は私が教えれば良いとして、魔物殺しの異名に収入、なるほどなるほど、しかし笑顔は……」


 アルマさんは何やらブツブツ呟きながら、思考モードに入ったようだ。物騒な単語も聞こえてきたが、おそらく空耳だろう。

 しばらくうつむき加減で呟いた後、アルマさんはまた俺の目を真面目な顔でまっすぐに見ながら、はっきりと言った。


「それではスヴァンさん、私と結婚しましょう」

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