第76話 黄昏時

「それではスヴァンさん、私と結婚しましょう」


「ほふ!?」


 変な声出た。決めるの早すぎない?何これ、どっきり企画かな?

 大変に喜ばしいお話ではある。剣の特訓がおまけで付いてくることを除いては、だが。俺としてはアルマさんのような美人さんから結婚を申し込まれるなど、二度とないだろうから二つ返事でOKしたい。でも、ちょっと待てよ。


「ああああああありがとうございます。あなたのようなお綺麗な女性から結婚したいと言われるとは、まさしく夢のようなお話です」


「……まぁ、お上手ですのね」


 照れたような返事をしたアルマさんは、だが、相変わらず顔色を変えず、表情一つ変えずに、いや、少し綻んだか?、じっと俺を観察している。


「俺としてもすぐにでもあなたと結婚したい!しかしながら、アルマさん!」


 自分で言うのもなんだが、芝居じみてきた。美人さんに告白されて舞い上がっているのだ。


「しかしながら?」


 小首をかしげるアルマさんはちょっと可愛い。


「私とあなたの間には、ああ、なんと残酷な運命か!私は平民、あなたは貴族!越えられない身分の差があるのです!」


 良いぞ。お芝居、ノってきた。


「あ」


 アルマさん、やっぱり忘れてたみたいで、普通に「あ」って言った。そういうところもまた可愛い。が、すぐに柔和な顔に戻り、


「それではスヴァンさん、一度、父に確認いたしますね。協議の結果については追って連絡いたします」


「あ、はい。よろしくお願いします」


 クニヒトや代官職、領地を継げない、継がない、或いは与えられない貴族は、その次の代から平民になるのだ。アルマさんが継ぐ可能性は低いと思うが、彼女は貴族で、そして女性だ。他の貴族との政略結婚的な縁談もあるだろう。何よりもオスヴァルトさんとアルマさんの父親だ。断りもなく俺のような平民と結婚などしたら、それこそ血痕沙汰になりかねない。


「はい、お任せください」


 そう言って久しぶりにはにかんだ彼女の顔はとても輝いていて、しばらくぼーっと見惚れてしまった。

 そしてマザーは終始、隣でニヤニヤしていた。



 そんな夢みたいな会話があって、何の返事も無いまま、もう何ヶ月かで1年経つ、そんな2月の或る寒い日、ランプレヒト兄さんの葬儀が執り行われた。執務室の机に上半身が覆いかぶさるように死んでいたらしい。グスタフ伯父さんが殺害されてより、神聖リヒトの侵攻や王家との復権交渉などの重大案件が続いていたから、おそらく過労だろう。ボクの知っている人がまた一人、亡くなってしまった。残念だ。

 ランプレヒト兄さんは結婚する暇もなく、子供もいなかったため、次の領主には弟のハインツ兄さんがそのまま就くことになった。治めているキンバラに何年か前に行ったときも悪い評判は聞かなかったから、良い領主になってくれることだろう。



「ご無沙汰してます、スヴァンさん」


 ランプレヒト兄さんの葬儀から1ヶ月経った、陽射しの弱い薄曇りの日、イヌイの傭兵組合に顔を出すとオスヴァルトさんがいた。いつもの執事っぽい服装ではなく、ツチダでボクの補佐をしていたときのようなハッキングジャケット中心のコーディネートだ。


「お久しぶりです。お会いするのは何年ぶりでしょうかね。もう、随分と会っていない気がしますよ」


「ええ、私は用事が無い限りは館から出ませんからね。妹からあなたの話だけは聞いていましたが」


 邪悪な笑みを浮かべながら言う。そう言えば、この人、アルマさんのお兄さんだった。結婚したらお義兄さんか。


「それはそうと、今日はどうしてここへ?もしあれだったら椅子に座って話しましょうか?」


 あれだったら、の”あれ”は話が長くなるようだったらとか、色々な意味を内包するあれな言葉だ。


 よっこいしょっと2人で隅の椅子に腰かける。よっこいしょもあれな言葉だ。


「そうそう、今日の用事なんですけどね、ちょっと聞いてくださいよ」


 オスヴァルトさんは相変わらず貴族も平民もない話し方をしてくれる。アルマさんもそうだったし、フォーゲル家は、いや、オダ領の貴族が大体そんな感じなのかもしれない。お陰で生まれてこの方、型に嵌めたように尊大な貴族様というものには、お会いしたことが無い。


「はいはい、愚痴でも何でも聞きますよー」


 愚痴が始まりそうなので適当に返事をする。身近にいない人の愚痴を親身に聞けるほど、人間が出来ていないのだ。


「あ、今の適当な態度は減点ですね。父と妹に報告しておきます」


「!?是非、愚痴を聞きたい。いいじゃないですか、愚痴。生きてれば誰だって愚痴をこぼしますよ。そして愚痴をこぼせる相手がいるって幸せなことですよね!」


「ええ、私は今、あなたの変わりようを見てとても幸せな気分ですよ」


 再び邪悪な笑みを浮かべるオスヴァルトさん。アルマさんの名前を出されたらどうにもならないよ。ところで結婚の話ってどうなっちゃったんだろう?まだ協議中なのかな?


「それはさておき、スヴァンさん。私、いとまを出されてしまいました」


「休暇ですか。良かったじゃないですか。ここ何年かずっと忙しかったはずでしょうし」


「そっちの意味じゃなくて、クビの方ですな」


「ほっほう。クビですか。それは何よりで……、あらまぁ」


「そうですよ。あらまぁですよ。こんなに優秀な私をクビにするなんてびっくりです」


 自分で優秀だと言っちゃうところは問題だが、実際、ボクの頃から万事に有能な執事であることは承知している。某有名歴史シミュレーションゲーム風に能力値が見えるなら、全て70以上になりそうな感じだ。執事のくせに代官と衛兵長の代理を一度に任されたことから、周囲の評価も高かったことが分かるのだが……


「なんでまた?」


 そう、どうしてクビになったんだ?


「ハインツ様が仰るにはですね、私、色々と優秀なので、他の使用人より多くお給金を頂いていたそうなんですけどね、ほら、魔物駆除に報奨金を支払い始めたでしょ?」


「ええ、神石しんせきの報奨金には大変お世話になっております。それが何か?」


「報奨金の額が高すぎたんです……」


「ええ!?」


「今のところは大丈夫なんですが、報奨金が知れ渡って、傭兵組合の皆さんが一生懸命に駆除するものだから、このままでは資金が危ない!ということで、報奨金の減額と、お給金が高い使用人の解雇に踏み切った、ということなのですにゃ」


 オスヴァルトさん、ショックのあまり語尾がおかしいにゃ。心配だにゃ。


「え!?報奨金、減額されちゃうんですか?」


 今日は驚くことばかりだ。手前勝手だが、オスヴァルトさんのことよりも報奨金が減ってしまうことの方がショックが大きい。ということは、


「ああ、それでオスヴァルトさんは最後の仕事として、傭兵組合にそれを伝えに来たんですね。お疲れ様であります」


「いいえ。そんな傷口に塩を塗るような仕打ちを、ハインツ様がなされようはずがありません。一昨日が最後のお勤め、昨日は主に住まい探し、で、今日は登録票を受け取りに来たのですよ」


「登録票?なんの?」


「ここにいるのだから傭兵に決まっているでしょう?ほら」


 と言って、オスヴァルトさんは俺の前に木で出来た見習い用の傭兵組合登録票を見せてくれた。懐かしい。魔物駆除のためにしょっちゅう外出していたせいで、結局のところ新人教育を任されることはなく、自分以外の見習い用登録票を見ることは、今までなかったのである。


「おー。おめでとうございます。じゃあ、指導役には俺がなれるように話を付けておきますから、大船に乗った気持ちで見習っててください」


「?何を言っているんですか?よく見て下さい。ほら」


 そう言ってもう一度、顔の前に木の登録票を突き出してきた。


「……!?大きく仮って書いてある!どゆこと?」


 仮ってなんだ?仮の見習いってことか?


「私、有能なので、普通と違って見習い期間なしで良い、と説明されまして、通常の登録票が出来上がるまでのもの、ということらしいですよ」


「え、そんなの初めて聞いた」


 なぜか狼狽して受付にいるニクラウスさんの方を見たら、両腕で大きく丸を作ってにこっと笑った。どうやら本当らしい。オスヴァルトさんの言うことは怪しいが、ニクラウスさんのお墨付きなら嘘じゃない。


「そういうことよろしくお願いしますね。セ・ン・パ・イ」


 なんかムカつく。ムカつくが、話し始めたときと比べて随分と表情が柔らかくなった。愚痴をこぼすことでショックが和らいだようで、少し安心だ。


「お、おう!よろしくな、後輩!ところで神石、というか魔物駆除の報奨金っていくらになんの?」


「さぁ?詳しいことは私にもさっぱり。ニクラウスさんならもう聞いてるかもしれませんね」


「あら、そうなんだ。ニクラウスさーん、情報入ってますか?」


 声を掛けたら手招きされたので、2人で受付に移動する。


「そのお話でしたら、明日、一斉に発表して、明後日の4月1日から変更することになってますよ。銀貨200枚に戻ります」


「200枚かぁ。ありがとうございます」


 前と違って、人里を離れれば魔物に出くわすような状況では妥当なところだろうな。最近、本当にあちこちの出没情報を聞くようになってるし。

 それに、大幅に下がるとは言え、傭兵の仕事だけでは収入が安定しない状況で、銀貨200枚は大きい。ボーネン食堂の臨時アルバイトも、俺がちょくちょく外出するせいか、ほとんどお願いされなくなっちゃったし、当面は魔物駆除の旅を頑張るのが良いな。


 ところでアルマさんからの連絡はいつ来るの?

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