第73話 アルマ・フォーゲル
むっちゃカワイイ。
なんだ、天使だったのか。
久しぶりに見たドロテの第一印象はそれだった。最後に会ったのはボクがツチダに赴任する前、そのとき彼女は12歳だった。それから3年経って、ボクとオレで合計16年経って、あれ?なんか間にもっと歳月があるような……、もやもやする。ともかく15歳になった彼女は一族特有の
そんな彼女だが、如何にも貴族然としたようなドレスではなく、地味だが仕立ての良い庶民的な服装をしている。襟の付いた白いシフトドレスに、
カネウラまでの約200kmの道中、教会側からの護衛は俺1人だけ、オダ家の護衛隊は兵士5名、他に御者が2名いる。向こうの隊長はツチダのときにお世話になった班長のハンネスさんだ。赤鉄街道での護衛経験もあるゲオルクさんも選ばれている。
「いつも兄がお世話になっております」
出発前にどこかで見たことがあるような20代前半くらいの女性に声を掛けられた。キリっとしていていかにも仕事が出来そうな顔立ち、白いバンドカラーのシャツにダークグレーのステイズとスカート、こげ茶の革のブーツ、サラサラの長いダークブラウンの髪を向かって左8:右2くらいで流し、後ろで黄色いリボンでまとめている。背は165センチくらいだろうか。女性にしては珍しく頭巾をしていない。
名をアルマ・フォーゲルと言う。今回、ドロテの侍女として随行するとのことだ。
「あの、兄が迷惑をかけていないでしょうか。スヴァンヌさん」
あいつか!兄はあいつか!マザーもこっち見てニヤニヤしないで!気配を察しないで!
「こちらこそあなたのお兄さんにはお世話になっています。迷惑を掛けられたことなんてないですよ。それから、スヴァンヌじゃなくてスヴァンです」
「まぁ……、お名前を兄からスヴァンヌと聞いていたものですから……。大変失礼しました」
どうやらお兄さんと違ってふざけた性格ではないようだ。とは言え、迷惑を掛けられていないのは本当だし、仕事もお世話してもらっているし、アルマさんはなかなかの美人さんなので変な対応は出来ない。
「今度からお
「あの、どうかされました???」
は!?いけない心の声が漏れてしまった。
「あ、いや、何でもありませんよ。ところで、道中、よろしくお願いいたします」
「ええ、こちらこそ」
そう言って微笑するアルマさんは女神に見えた。女神と天使と自称16歳と旅が出来るのか。最高じゃないか。
「ところでアルマさん、その腰のベルトとナイフホルダーなんですけど……」
「ああ、ソードベルトですね。私も細剣を嗜みますので、今回の道中では何者の襲撃を受けたとしても、身命を賭してドロテ様をお守りする覚悟でございます」
やだ、なにこの人、ちょーイケメン。惚れてしまいそう。
「それは素晴らしい心意気ですね。ところで腕前の方はいかがですか?」
「我がフォーゲル家は男女の別なく、幼少の頃より厳しい稽古を行なっておりますれば、賊がごとき有象無象に後れを取ることはありますまい。流石に兄のオスヴァルトには及びませんが、それでも10回試合えば、4回は勝つことができます」
4回も勝てんの!?まじか!?俺より強いじゃないか。
「そそそれれは頼もしいですね。あはははは……。そうそう、集団戦は1対1とはまた違って周囲への目配りも重要になりますから、注意して下さいね」
「は!心得ました。それでは出立の準備がありますのでこれにて」
侍女じゃなくて一端の武人じゃないか。もしかしてオダ家は戦える使用人しか雇わないのか?
「皆さん、よろしくお願いしますね」
アルマさんが去って少しした頃、ドロテちゃんがアルマさんとマザーを伴って同行する面々に声を掛けている。眩しすぎてドロテちゃんを直視できないからマザーでもぼんやりと見てるか。
今日のマザーは司祭の法衣……、ではなく司祭用の旅装だ。麻の白いフード付きのローブに瑠璃色の直線が正面に1本、肩から袖まで両腕にそれぞれ1本ずつ入っていて、スポーティなデザインだ。6柱神の紋様が入っていないなと思ったら、瑠璃色で描かれたそれが背中に大きく円になるように配置され、その円の中心にはシェスト教と、これまた瑠璃色で書かれている。
伝統ある宗教というよりは、何かのグループが勢いで作ったようなデザインだ。長年に亘り厨二病を患っている身としては、黒地に赤で描く別バージョンを作りたくなってしまうデザインだ。ついでに背中の紋様の周りを龍で囲んじゃったりしてな。なんかワクワクしてきたぞ。
「ドロテ様、こちら、当教会が傭兵組合に依頼して派遣させたスヴァンでございます」
皆に挨拶をして残るは新デザインを考案中の俺だけになったらしく、マザーが別人のようにドロテちゃんに紹介していた。
「まぁ、あなたが噂の魔物殺しさんね」
ぐわぁ!恥ずかしい!そんなキラキラした顔でその異名を言わないでくれ!無茶苦茶恥ずかしい!やめてー!
「あああああああああ、ははい、スヴァンです。必ずや護衛任務を完遂してみせましょう」
「うふふふふ。よろしくね、魔物ごりさん。あ、噛んじゃった。ごめんなさいね、魔物殺しさん」
なにこれもう可愛すぎでしょ。
「いえ、もうゴリさんとお呼びください。このスヴァン、あなたのためならゴリさんになっても良い覚悟です」
よく分からなくなってきたが、ドロテちゃんになら許す。マザーには許さん。って、ふと見たらマザー、ドロテちゃんの後ろでむっちゃ笑いこらえてますやん。
「いいえ、そう言うわけにはいきません。ところでスヴァンさん、私、あなたとどこかで会ったことがあるかしら?」
む、ゴリさんチャンス終了か。
どこかで会ったことがあるかといえば、確かにボクは会ったことがあるけれど、オレのときは会ったことないと思う。そもそも前世で会いました、とか言ったら即刻、頭がおかしい人リスト行きだ。あ、でも、そうか。
「お会いしたことはないかと思いますが、こちらのお屋敷には2回ほどお邪魔しておりますので、そのときにご覧になられたのかも知れませんね」
俺がそう言うと彼女は少し難しい顔をして、
「ううん、違うの。私、あなたととてもよく似た雰囲気の人を知っているの。でも、違うというのなら、やっぱり私の気のせいなのかしら。この話は忘れてください。はい、おしまい」
話の締め方まで可愛いのぅ。段々と慣れてきたお陰でようやく顔を直視できるようになったが、どんな顔でも可愛い。可愛いしか言えない。
は!?マザーがこっちを見てまたニヤニヤしてる。恥ずかしいからやめて。
*
出発のときはそんな新しい恋の始まりを予感させる微笑ましいエピソードもあったが、道中は女性陣3名は
男性陣とはね、そりゃあ、お話ししましたよ。ハンネスさんからは「お前が作ったヤロウ茶を、スープと間違えて一度に大量に飲んだ奴がいて大変だった」とか、なぜだか随分と懐かしく感じる話でいじられたし。
それにしても、流石に大貴族の馬車だ。乗合馬車だと8日はかかるところを4泊5日で着いてしまった。
護衛依頼で一緒に行こうと言っていた行商人のオットマーさんとの約束はまだ果たせていないけれど、一足先に着いたここがどんな町なのか、楽しませてもらおうじゃないか。
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