第72話 有為転変

 あれ?今、何月だっけ?


 ……もう1年の4分の1終わったの!?嘘でしょ!?


 気が付いたら4月になっていた。


 ニクラウスさんによれば、攻め込んできた神聖リヒト軍との戦いは国境近くの砦群で、オダ軍2500、王軍6000、それからお隣のウエスギ軍500が2ヶ月少々粘り強く戦って撃退したそうだ。ただ、リヒト側が燃える玉や、夜でも昼間のように明るく照らせる新兵器を投入してきたそうで、アシハラ王国側の損害も大きいらしいが。

 燃える玉は、燃やした何かを投石器で飛ばしたのだろうな。昼間のように明るく照らせる兵器は、照明弾?照明弾ってこの世界ぐらいの技術力でも作れたりするものなのかな?うーん、気になる。

 そう言えば今のところ和睦の気配がないらしく、その辺りも気になる。向こうは再び攻め込んでくる腹積もりなのだろうか。あるいは王国側が攻め込むこともあるのかも知れない。


 俺のラーレちゃんを奪った(※逆恨み)恋敵のニクラウスさんが、もう一つお話してくれたことには、これでオダ家の謀反疑惑が晴れたわけではなく、領地の半分近くを王家に割譲することでお取り潰し、というか王家にもそこまでの権限はないので、実際には血生臭い討伐戦で占領、領主の一族郎党は悉く処刑という事態を、どうにか免れることができたらしい。しかし領地の割譲は表面的で、実質的にはオダ家のままとのことだ。うーん、意味不明。

 それもこれもカズ・ヨシハラ公爵、情報が入ってこなかったから分からなかったが、公爵は去年の8月に宰相に任命されていたらしい、それからカネウラのモウリ家、フタマタのウエスギ家といった有力諸侯が色々と手を回してくれたお陰らしく、遠因では故グスタフ閣下の外交手腕のお陰でもあるのかなと、故人を偲びながらしみじみと思ったりもした。

 魔物駆除の報奨金が跳ね上がった理由の方は、傭兵組合でも分からないとのことだった。魔物の駆除が全然追いつかないので何とかしたいんじゃないでしょうか、とニクラウスさんは言っていたが、そもそも報奨金の制度が始まったばかりでこんなに跳ね上がるものなのだろうか。


 さて、戦争も終わったことだし、これでいつも通り活動できるはずだな。魔物狩りの旅のお陰でおかヒトデ改め寒天お化けは言うに及ばず、鹿型の魔物も群れていない個体なら罠無しでも退治できるようになったし、また魔物を求めて旅に出てみるのも悪くない。


 魔物スキル?存在しないみたいだよ?鹿型の魔物の肉も普通に調理して食べてみたけど、体が光ったり、熱くなったりもしないし、突然知識が流れ込んできたりもしない、特に何も無かった。この異世界、ハズレなのかも知れない。


 そんなわけで神聖リヒトとの国境は封鎖されたままだが、これまで通り訓練をしたり、警備をしたり、たまに魔物を狩るために旅に出たり、シュテファン暗殺犯の聞き込みをしたり、春が終わり、夏が盛り、秋が色付き、冬が枯れ、また春が芽吹いてきた頃、王様が死んだ。グスタフ・オダ殺害を命じ、オダ家に謀反の罪を着せた親玉である、あの聡明そうだったエン・トウ・アシハラ王が死んだ。

 病死とのことらしいが、激しい腹痛と下痢と嘔吐が2週間も続いたのだとか、グスタフ前宰相の怨霊にとり憑かれたのだとか、そんな噂がまことしやかに囁かれている。王の病死の報から1週間、葬儀や王子の即位やらの準備で王都が大忙しだろうと思っていた矢先、今度は王子と王妃が病死した、との報が入ってきた。今度も王のときと同じく、激しい腹痛と下痢と嘔吐やら怨霊、はたまた公爵が食事に毒を盛ったのだとかの噂が囁かれている。幸いなことに、オダ家の刺客が報復で暗殺したという噂はほとんど無いみたいだ。


 権力への興味があまり無いので、そんな噂もほとんど聞き流していた1575年の4月早々、公爵が次の王様になったという話だけはちゃんと聞いた。カズ・ヨシハラ宰相がカズ・トウ・アシハラ王になった。アシハラ王家の名前のルールはよく分からないが、ともかく名前も少し変わった。見たこともない人なので、正直、どうでも良い気持ちはあるが。ところで前の王様には1人、娘もいたはずだけど、どうなったんだろう?女王として即位しなかったの?そう言えば、ランプレヒト兄さんの弟のハインツ兄さんに去年2人目の子どもが生まれたって、なんか発表があったような……。どうだったっけ?



「お早う!スヴァン!」


 まだ少しだけ肌寒さの残る4月半ばの朝、いつものように共同の炊事場でスープ作りに勤しんでいると、マザーからいつも以上に元気な、若草のような気持ち良い声で挨拶をされた。


「お早うございます。今日のマザーはいつも以上に若々しく見えますね。何か良い事でもあったんです?」


 それとなく若く見えることを混ぜ込むのがポイントだ。あくまでも主観で若く見えるのだ。個人の感想であって、実際に若いわけではないから嘘ではないのだ。


「あら、分かるぅ?ねぇねぇ、そんなことよりスヴァン、あんたスヴァンヌって呼ばれてるの?女の子みたいで可愛いわね!ウフフフフ」


 だ、誰だ!?マザーにそんな恥ずかしいあだ名を吹き込んだ奴は!あいつか!?


「ちちち、違いますよ。そんな呼ばれ方、されてるわけがないじゃないですか!」


 これはまずいな。マザーに定着してしまったら、マザーはおろかご近所さん総出でスヴァンヌと呼ばれかねない。絶対に阻止しなければ!


「あら、そーお?オダ家の執事の人が言ってたから信じちゃったわ。でも、おもしろ……、気に入ったから、お姉ちゃん、たまにスヴァンヌって呼んでも良いかしら?」


 やっぱりあいつか!ていうか面白いって言いかけてたよね、今。


「だーーーーーめーーーーーでーーーーーすーーーーー」


 世界的超有名ネコ型ロボット風に断固拒否だ。徹底的に拒否してやる。


「あれ?オスヴァルトさんと会ったんですか?」


 そう言えば、どうしてオダ家の執事と話をしたんだ?どこかに接点あるのか?


「あ、そうそう!それよそれ!あの若い執事さん、オスヴァルトさんって言うんだっけ?その話をしに来たんだったわ!お姉ちゃん、駄目ねー」


 人間だれしも40歳過ぎたら記憶力が衰えるものらしいからしょうがない。


「私、教会の命令でカネウラに行くことになったから、護衛よろしくね、スヴァン」


「は?」


 不思議と内容が全然頭に入ってこない。


「だーかーらー、カネウラに行くことになったから、道中の護衛よろしくね」


「え?カネウラに行くんです?マザーが?どうして?ここの孤児院はどうなるの?イヌイから居なくなっちゃうの?」


 気のせいか、マザーからキュウンという音が聞こえたような気がした。


「あらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあら、スヴァンヌったら可愛いことを言ってくれるわね。大丈夫よ、私がカネウラに移るわけじゃないから安心して。ある貴族の子女がね、カネウラの教会で召命の儀式を受けるから、イヌイの教会から司祭以上の地位にある者が同行するのよ。それで、体面を気にするお偉いさん方が、箔をつけるために永遠の16歳の私を指名してきたのよ。見た目が良すぎるのも困りものよねー。おほほほほ」


 永遠の16歳とか見た目が良すぎるとか鉄板の中年ネタは別として、こう見えてもマザーの序列は普通の会社で言うところの大都会にある支社の副支社長並みだったりするし、平民出身の教会幹部も多い中でホルツマン家という貴族出身なら舐められることも少ないだろう。ところでホルツマンってこの辺りでは聞いたことが無いけれど、どの辺の貴族?


「ああ、ごめんなさい。取り乱してしまいました。そういうことなら確かにマザーは適任ですね。教会のお偉いさん方もなかなか見る目がありますね」


「そうでしょー」


「ところで、ある貴族の子女、って誰なんです?あと、スヴァンヌじゃなくてスヴァンです」


 訂正大事。


「良いじゃない、この際だからスヴァンヌに改名しちゃいなさいよ。貴族の子女はね、オダ家のドロテ様よ」


 この際だからって、どんな際だよ。

 ところでオダ家のドロテ様!?……って誰だ?


 あ、思い出した。伯父さんの末娘、つまりランプレヒト兄さんやハインツ兄さんの妹だ。

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