第60話 魔物?

「スヴァン、お前にやってもらいたいのは魔物の駆除だ」


「ま、魔物?ですか?」


 テレビゲームですか……?

 やんごとなき組合長から、前の世界で聞き馴染みのある単語が出てきて、少し狼狽えてしまった。


「ああ。前に注意喚起した”奇妙な動物”のことだ。7月の緊急諸侯会議で魔物と呼ぶことが決定したらしい」


「はぁ……。でも、今ここって王国から連絡が来ないんじゃ?」


「そうだ。だが、手紙は制限されていないからな。別件でカネウラの組合長とやり取りをしたときに、教えてくれたんだ。あそこは王族じゃなくてモウリ家の所領だからな」


 モウリ家……。毛利家なのかな?いずれ徳川家とか伊達家も出てくるのかも知れない。心の準備はしておこう。準備しても意味がないとは言いっこなしだ。


「ははぁ、なるほど。魔物、覚えました。ところで魔物の駆除は、具体的にはどうすれば良いですか?」


「おう、それなんだけどよ、サコ、キンバラ、ヌマノで前に目撃情報があってな。衛兵はこの状況で動かせないって言うんで、傭兵組合で代わりに調査したんだわ」


 前に訓練場で言ってたのはこの話だったんだな。

 ひそひそ風の声が少しずつ大きくなりながら、組合長の話は続く。


「そしたらよ、その3ヶ所だけで全部で7匹も魔物が居やがってよ、分かるだろ?な?」


「それは、確かに」


 何に同意を促されているのか何となく分かるが、前は精々1ヶ所で1年に1匹だったのだから、一度に2匹近くも見つかるというのは少々異常だ。そもそもアレはどうやって発生するんだ?個体数が増えるには?普通の動物と同じように自然繁殖するのか?


「さすがに放置しておけないというわけでな、ランプレヒト様が傭兵組合に駆除を頼まれたわけだ」


「それで、魔物を駆除したことのある俺にやんごとなきご指名を頂いた、ということですか」


「うむ!そういうことだ!」


 ああ、いけない。組合長がすっかりいつもの声量に戻ってしまった。耳が壊れるかもしれないから、早めに切り上げ……、たいところだったが、肝心要の「どうすれば良いのか」の部分をまだ何も聞けてない。うーん、こういうときは……


「ところで組合長、依頼の手順なんですが……」


 俺がひそひそ声で話してみた。


「なんだよ、スヴァン。聞こえねえよ。もっと大きな声で……」


 と、いつもの声量で言いかけ、俺が半ば諦めていたら組合長がハッとした顔をした。組合長の視線の先で、例の若い女性が苦虫を嚙み潰したような顔をしている。


「お、おう、スヴァン。それで依頼の件なんだがな……」


 反省したのか、前のひそひそ風の声に戻った。


「サコに行って魔物を駆除してこい。そんで、魔物の毛皮と肉と例の玉っころをここまで持ってこい。お前なら簡単だろ?」


「何となく分かりましたが、サコには何匹の魔物が?倒すのは1匹だけでも?1人ではとても無理だと思いますけど、他の傭兵も参加します?報酬はどうなりますか?」


 質問攻めのようになってしまったが、組合長はどうも細かいところを説明するのが苦手なようだ。初めての話だし、きちんと聞いておかないと。後で揉めるのはごめんこうむりたい。


「落ち着け」


 と、組合長に言われたが、落ち着いて依頼の条件を説明して欲しいのはこっちの方だ。大人だから顔にも声にも出さないけど。

 その組合長は蝋板を1枚、手元に手繰り寄せた。依頼の条件が書いてありそうだ。


「えーと、なになに……。あー、ごほん。サコ周辺で発見された魔物は4体だな。全部サコから東に行った森の中だ。どれも罠にはかかっていない」


「4体。7体の内の4体となると結構な数ですね」


「そうだな。だからお前に任せたら良いんじゃないかと思ったんだったな。俺としたことが忘れてたぜ。4体の内、2体は鹿、1体は狼、最後の1体はよく分からん肉の塊、ということだ」


「狼?肉の塊?だだだ、大丈夫なんですか?それ」


 鹿も狼も肉の塊も、そんな魔物と戦ったことないんだけど、大丈夫か?


「まぁ、大丈夫かどうかはやってみないと分からないだろ?それに」


「それに?」


「魔物と戦ったことある奴が今のところお前しかいないからな。何も知らない奴らだけを、その4体に当てるわけにはいかないだろ?」


「まぁ、確かにそうですね……。ところで鹿の魔物は死体で見たことがあるんですけど、狼とか、そもそも肉の塊ってどんなのですか?」


「狼は他の個体より体が大きくて毛が赤褐色だな。群れを作っているらしい。肉の塊は、お前、ヒトデって知ってるか?」


「なるほど赤褐色。ヒトデは見たことありますよ。オータフルスの土産屋で売ってました……。いやいやいや、狼、群れ!?」


「あー、そいつ含めて5頭くらいの群れの頭だな。人間を襲うことはほとんどないから危なくはないだろう。そもそもあいつらは危険を感じたらすぐ逃げる生き物だ。そんでヒトデなんだけどよ」


「は、はぁ……」


 狼を見たことすらないが、この世界の狼というのはそう言うものなんだろう。諦めて受け入れよう。気持ちを切り替えてヒトデの話だ。


「お前が見たのは干からびてて、真ん中から5本、ニョキニョキしてるやつじゃないか?」


「あ、そうです。それです」


「そっちじゃなくて、丸みのある五角形のヒトデみたいなもんだな。そいつが森の中をゆっくり動いてるんだってよ。生きてりゃ色んなことがあるもんだな」


「あ、でも、ヒトデって小さいですよね。よく見つけましたね」


「お?そいつは大きいぞ?直径が大体1メートルで、高さは大人の膝くらいまであるそうだ。おもしれーよな。なに食ってんだろうな。とりあえずおかヒトデって呼んでるぜ」


 えええ、何それ。何そのお化け。そんなの駆除できるの?


「ははは……、面白いですねー……。ところでその陸ヒトデって死ぬんですかね?」


「知らん。死ぬんじゃねぇか?」


「え……、もし死ななかったら駆除依頼の報告はどうすれば?」


「ああ、大丈夫だ。報酬は駆除した数に応じて支払われることになっているからな。最悪、鹿1匹だけでも問題ない」


「なーんだ、そうだったんですね」


 それを聞いて安心した。得体の知れない陸ヒトデはさておいて、鹿も狼も警戒心が強い生き物だ。罠にかかっていないとなると見つけることすら難しいのに、全部狩れ!と言われたらどれくらい森に籠れば良いか分からない。


「ま、今回は試験的な依頼だからな、色々試行錯誤中ってことだ。報酬も決まってないし。一応、1日銀貨3枚の日当は出すぞ。傭兵はあと4人参加させる予定だ。連れていきたい奴はいるか?」


「連れていきたい人ですか、ちょっと待って下さいね」


「おう」


 ん?あれ?


「組合長、もしかして報酬決まってない?」


「おう」


 本当に?この依頼、大丈夫か?


「最低でも1匹、銀貨40枚は出すって言ってたからそんなに心配すんな」


「それ、先に言ってくださいよ。かなり不安になりましたよ。それで、えーっと、連れていきたい人か……」


「あ、お前とよくつるんでるモーリッツ、バルナバス、エトムントは駄目だぞ。キンバラとヌマノに行ってもらうからな」


 それも先に言って欲しかった……。そうすると、


「アロイスさんをお願いします。あとは、猟銃を持っていて猟の経験が豊富な方がいると助かります」


「まぁ、妥当なところだな。分かった、こっちで見繕っておく。決まったら声を掛けるから、一度組合で打ち合わせをしておけ」


「はい、よろしくお願いします」


 一応、依頼の条件は全部聞けたかな。さて、どうやって魔物を狩ったものか、などと考えながら傭兵組合を後にしたのだが、


 しまった!あの若い女性の名前を聞き忘れてた!一生の不覚!


 結構、可愛かったな。今度見かけたら忘れずに聞く。絶対に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る