第61話 サコ

 サコはアシハラ王国最北の町だ。トーム山脈の厳めしい表情が少し落ち着いたなだらかな土地に建物が立ち並び、高さ3メートルくらいの木と石で出来た壁が、町の形に合わせて、東側が膨らんだ南北に長い歪な楕円形でぐるっと取り囲んでいる。その外側には更に空堀もある。その外に目を遣れば西から南東にかけてごつごつとした山肌がすぐ近くに迫り、それとは対照的に東側はしばらくのどかな畑や草原が広がり、遠くには魔物が潜んでいるであろう森も見えた。

 この町は神聖リヒト、古くは北部諸王国との交易の玄関口として発展してきた。特にチェルベナーホーラ鉄鉱山を有する都市国家チェルベネーミェスト、そこからもたらされる質の良い鉄はアシハラ王国のみならず、東の大国ドリテでも引く手あまただ。そんな鉄によって莫大な富を得ていたであろうチェルベネーミェストも、鉱山ごとリヒト教に寄進されて久しいのだが、鉄の取引は全く衰えていないようだ。

 そんな歴史から、南北に走る赤鉄街道沿いに鉄製品や鉄鉱石、部品、金物かなものなどを扱う商店、小鍛冶、宿屋などが所狭しと立ち並び、更に行きかう商人達を目当てにした雑貨屋、土産物屋なども数多く在る。近年、行なわれた主要街道の整備で少しは整理されたみたいだが、逞しい商人達の心までは整理されなかったのであろう、同じ交易都市でもヨシミズとは違った混然とした賑わいを感じ取れる。


 イヌイから乗合馬車で2日、お昼ごろに俺達はサコの南門にある停留所に着いた。前の世界のテレビゲーム風に言うのならば、俺達のパーティはクエストを受けて最初の目的地に辿り着いたところだ。

 南門には門番がいて、馬車の積荷や怪しい人物などをチェックしているようだった。オータフルスに行ったときでさえ、検問のようなものは一度も見かけたことがなかったから少しわくわくしてしまう。これも国境の町ならではなのだろうか。俺達のパーティも武装していたせいで、当然のように衛兵に疑われたが、傭兵組合の登録票を見せたら向こうも安心してくれたようだ。他の乗客にそれほど迷惑をかけるような時間も取られず、通してくれた。


 さて、俺達のパーティだが、30代後半のアロイスさんが希望通り来てくれた他、30代前半のアルバンさん、同じく30代前半で猟銃も使い慣れているクレーメンスさん、最年長の40代前半で猟師歴も長くて猟銃も持ってるノルベルトさんという、魔物の駆除が楽勝で終わりそうな皆様に来て頂くことができた。テレビゲームのパーティと違って女性がいないのは残念過ぎるけれども。


 あと、臭い。


 断じて加齢臭ではないよ?断じて。


 出発前の打ち合わせで、狩りの成功率を少しでも上げるために、野生のニオイに紛れた方が良いだろうという話がアロイスさん、クレーメンスさん、ノルベルトさんからあったのだ。そのお三方はもともと使っている鹿の毛皮で出来た外套、俺とアルバンさんはクレーメンスさんとノルベルトさんからお借りしたものを持参している。

 なめした革と違うそのニオイは、野生がよく残っていて、いつか動物園で嗅いだことがあったなと、思い出に浸れるものだった。乗合馬車の移動中でも露骨に顔をしかめる人が少数いて、終始、すみませんすみません、と言っていたような気がする。


 さて、町に着いたら、傭兵組合の支部長さんとクニヒト様に挨拶をしろ、との組合長のお達しだ。


 組合のサコ支部は南北に長い町の中ほどの西側にあるという話だったな。


「それじゃ、先ずはここの支部長さんに挨拶に行きます」


「うん」「ほい」「……」「……」


 アロイスさんとアルバンさんは返事をしてくれたが、あとの二人は無言で頷いただけだった。事前打ち合わせのときも、アロイスさんは必要なことだけを静かに丁寧に話す人、アルバンさんは余計なことも含めてよく話す人、クレーメンスさんとノルベルトさんは必要なことだけを静かに言葉少なに話す人、という印象だった。嫌われているわけではないと思うんだけど、やり辛い……。


 そう言えば、ボクを殺害した犯人は北に逃げたという話もあった。もしかしたらここで何か情報が聞けるかもしれない。時間があるときに聞いてみようか。聞き込み捜査でもしてみようか。


 そんなことを考えながら馬車がすれ違えるほど広いメインストリートを暫く北に進むと、事前に聞いていた通り、東側に入る石畳の道、それを通り過ぎると西側への、これも石畳の道があった。その、西側への道を少し歩くと、北東に伸びる道と西に伸びる道が交わる三叉路にぶつかる。傭兵組合のサコ支部は、その三叉路の股の部分、二階建ての西向きの建物に入っていた。


「こんにちは。イヌイから派遣されたスヴァンです。支部長さんはいらっしゃいますか?」


 開け放たれた扉から入り、広い机を背にし、腕組みをして椅子に腰かけていた人に声を掛けてみた。


「ああ、イヌイからの。うん、よく来てくれた。俺が支部長のフォルカーだ。おやっさんから連絡は来ているが、とりあえず登録票の確認をさせてくれ」


 皆で思い思いに名乗りながらフォルカーさんに登録票を渡す。

 40代後半に見えるフォルカーさんは強面で身長は俺と同じくらい、腕は太く胸板も厚い。顔も体格も見るからに強そうだ。そして、組合長ほどではないが、そこそこ声が大きい。こういう人でもないと傭兵をまとめられないのかも知れない。


「スヴァンベリ、アロイス、アルバン、クレーメンス、ノルベルト、だな。聞いていた通りだ。うん」


 どうやらフォルカーさんは”うん”が口癖のようだ。ちょっとうんが気になってきたぞ。うん。


「わざわざ悪いな。こっちはもともと組合員が少ないのに、警備の協力やら魔物の調査やらで人手が足りなくてなあ。うんじゃ、早速行くか」


「え?どこにです?」


「決まってるだろ?クニヒトさんのところだ。そのままの格好で問題ないだろ?うん?」


「確かに問題はなさそうですけど……」


 俺が何かに引っかかって言い淀むと、ノルベルトさんが口を開いた。


「荷物をここに置いて行っても良いか?この荷物のニオイだと不愉快になるかも知れない」


「うん?ニオイ?おお、そうか悪いな。気が付かなくてよ。お屋敷から戻るまでこっちで預かるぜ」


 組合に荷物を預け、フォルカーさんを先頭に最小限の装備で東側にあるという、サコ一帯を治めるクニヒト様のお屋敷を目掛けて、男だらけのパーティがぞろぞろと町を練り歩く。

 フォルカーさんはこの町が大好きなようで、道すがら上機嫌で、あの店が美味しい、あそこは安い、ここは高いけどモノが良い、あの婆さんには逆らうな、などと話してくれた。が、ずーっと話しかけられていたので道を覚えられなかった自信がある。傭兵組合から北東に歩いてメインストリートの赤鉄街道に出て、そこから北に少し進んで右後ろの南東に伸びる石畳の道に入った。その後は、その石畳の道なりに東に進んで来たとは思うのだが。


「さ、ここだ」


 フォルカーさんの話を真面目に聞いていたら、いつの間にかクニヒト様のお屋敷に到着していたらしい。目の前には町の外周と同じような木と石で出来た壁、そこに閉じられた両開きの木製の門がある。


「おーい!俺だあ。ヘルマン様はいるか?」


 ちょっとフォルカー!クニヒト様相手に友達に会いに来たみたいな態度で大丈夫なの?

 門の辺りには誰もいないが、フォルカーさんが声を大きくしたので、その口調も相まってびっくりしてしまった。


 フォルカーさんの挨拶には門の中、いや、頭上から返事があった。


「うるさいなー。そんなに大声出さなくても聞こえてるよ!フォルカーの旦那!」


 声のした方を見れば、内側に足場があるのだろう、壁の上から上半身を乗り出すようにしている若い衛兵がいた。


「おい!エッボ!お前は相変わらず年長者への口の利き方がなってねぇな!そんなことよりヘルマン様はいるのか?」


「うっさい!フォルカーうっさい!聞こえてるって言ってるだろ!今、門を開けるからとっとと通れ!」


 少しすると、エッボと呼ばれた先ほどの若い衛兵が、一人で両開きの扉の片側を動かして中に通してくれた。

 フォルカーさんとエッボさんのやり取りをハラハラしながら聞いていたが、門を通るときに二人ともニヤニヤしていたので、勝手知ったる仲の定番のやりとりだったのかも知れない。

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