第52話 ハーブティー
「そう言えば俺がイヌイから乗合馬車で来たときに、馬を
「うん?そいつはいかにも犯人らしい風体だな。しかし、それらしい人物が街道沿いにサコ方面に向かったという、領民からの情報と一致しない。南に逃亡した可能性も考慮しければなるまいか」
思い出したことを話したら衛兵長が答えてくれた。南北どちらに逃げたのか、今のところ分からないのか。それにしてもいつの間にか情報収集もしてたんだな。仕事ができる男は違うぜ。
「他には、……この公爵家からの密書の内容です」
「ふむ、密書か」
衛兵長が短く反応する。
「こう言っては失礼ですが、宛名が無い事はさておいて、ボク……じゃない、シュテファン様に宛てられる内容ではないと思います」
「それは私も思いました。閣下か、若しくは閣下が不在の間、全権を任されているご長男のランプレヒト様に送られるような内容ですね」
執事も同じように思っていたらしい。やはり、あの内容が一地方の代官に送られるというのはおかしい。
「あ、俺からは以上です」
これ以上は体をひっくり返されても絞り出せそうにない。
「ありがとうございました、スヴァンさん。あなたは領都から沙汰があるまで、引き続き衛兵長の下で任務にあたってください。それからボニファーツ殿、代官業務は後任が決まるまでは、閣下からの事前の指示により私が行ないますので、しばらくよろしくお願いします」
「分かった。よろしく頼むよ、オスヴァルト君。スヴァン、君は詰所に戻ってひとまず待機だ。追って指示を出す」
「はい、分かりました」
衛兵長から待機の指示が出た。気になることは多いが、とりあえず落ち着きたい俺には助かる。
「ところでボニファーツ殿、今後の対応ですが……」
まだ続く執事と衛兵長の打ち合わせを背に部屋を出た。早く詰所に戻ろう。元の自分とは言え、死体と同じ部屋にいるのは苦手だ。
急いで戻ってきてから、全然休息していなかったことを思い出すと、どっと体が重たくなってきた。ともかく寝たい。横になりたい。ごろごろしたい。休みたい。働きたくない。いや、待機の命令が出てるから駄目か。
そんなことを思いながら宿舎の自分の部屋のドアを開け、荷をほどきながら、ふと簡素な木机の上に目をやると、そこにはまるで昔からそこに存在していたかのように部屋に溶け込んでいる、立派な
――あれは、夢じゃなかったのか?
改めてその本を手に取り、ページをめくる。硬い革の表紙と、指に程よく馴染む紙の質感が心地よい。
ざっと目を通してみたが、やはり内容はあの白い空間で見たものと同様、シュテファンとスヴァンの日々が記されていた。シュテファンのことは今日殺されることまで書かれていたが、スヴァンの今日のことはまだ、書かれていないようだ。いずれにしても……
「何これ、気持ち悪い」
思わず呟いてしまった。
直感で気持ち悪いと思った俺は、部屋の窓を全開にして、外に誰もいないことを確認してから、フリスビーの要領で横回転させて思い切り遠くを目掛けて投げ飛ばし、そっと窓を閉めた。
さ、荷物の整理を続けよう。待機命令が出ているから、装備品はいったん外して点検だけして、待機用に籠手、兜、革頭巾以外を着なおす。ベルトポーチの包帯や薬も、特に問題なさそうだな。
よし、待機室で腕組みをして、考え事をしているふりをしながら寝るぞ。絶対に寝るぞ。と、勇んで自室から出ようとドアを開けたその時、背後に只ならぬ気配を察知して振り返ると、そこには立派な
――紛失しても必ず戻って来る。君の魂が回った際も、いつの間にか君の手元にある代物さ――
言ってた言ってた。そう言えばあの自称神様がそんなこと言ってた。こんなものがこの世に存在するなんてびっくりだ。いや、死んで魂がこっちに迷い込んだ、とか言ってたから、この世ではないのか。と、すると、あの世か?いや、でも死ぬしな。
あ、これってもしかして、日本で流行ってた異世界転生というやつなんじゃないか。閃いたぞ。多分そうだ。いや、そうに違いない。
え?あれ?もしかして俺、チート能力持ってるんじゃない?無双できちゃうんじゃない?
滅茶苦茶テンション上がってきたーーーーーーーーーー。
そうとなればアレやっちゃうぞ、定番のアレ。
「ステータス」
照れながら遠慮がちに定番のアレを言ってみた。
――が、何も表示されない。
あれ?おかしいなあ……
「ステータスオープン」
今度はいつもの声で堂々と言ってみたが、やはり何も表示されない。
「ステータスオープン」
「ステータス」
「ステープン」
「スーテタスオプーン」
単語を変えてみたり、声の高さに変化をつけてみたり、或いは虚空にSの字を書いてみたりしたが、一向にステータスが表示される気配はない。
あれ?おっかしいなあ?ステータスメニューが無いパターンなのかなあ?とりあえずステータスは諦めて別の定番を試してみるか。
そう、別の定番と言えば鑑定とか魔法とか錬金術だ。
鑑定はどんなものだったかな。目に意識を集中して、鑑定と念じるんだったかな。
じー………………
……………………
「鑑定」
意識集中を諦めて、声に出してみた。
うん、特別な表示は何も無い。
次だ次。魔法だ。魔法だな。きっとこの世界で一番強い魔法とか、使い方次第で最強になれるユニーク魔法とか使えるんじゃないか?とりあえず、外の訓練場で試してみよう。
「ラ、ライト!」
しーん……。
「ファイア!」
「アイス!」
「サンダー!」
「キ、キュア」
「ホ〇ミ」
「〇アル」
「〇ラ」
「バ〇」
「火遁の術……でござる」
しーん……。
う、うーん……。そもそもこの世界に魔法ってあるんだろうか?使ってる人、見たことがないぞ。
これは錬金術かな。その辺に生えてる草を煮込んだらむっちゃ良いポーションが出来るとか? 草、草、草ねぇ……。
これかな。なんだかとてもギザギザしてるし薬草に見えなくもないな。
俺は訓練場の足元にあった草をいくつか摘み、待機室と一続きになっている台所で鍋に水を入れ薪で湯を沸かすと、先ほどの草を投入して、棒でかき混ぜながらグツグツ煮込む。
しばらくするととても爽やかな、頭がスッキリとする良い匂いがしてきた。
これは!これはいけるんじゃないか?錬金術のチート能力が正解なのか?
「お、スヴァン、ハーブティーを作ってるのか。でも、ヤロウを生で煮るのは初めて見たな」
無心で草を煮ていたら同じく待機室にいた班長が話しかけてきた。
野郎を生で煮る!?何それ!?怖いんですけど……。
びっくりした俺の顔を見て、班長が気を遣って話し続けた。
「悪く無い匂いだから、生でも大丈夫なんだろうな。ん?この草はヤロウっていうんだぞ?もしかして知らなかったのか?ヤロウの汁は傷に効くから覚えておくと良いぞ」
ややや、野郎の汁が傷に効くだってえ!!
いや、無理です。どれだけお手軽で傷に効いても野郎の汁は無理です。ごめんなさい。
違うか。この草の名前がヤロウって言うのか。紛らわしい。
*
ぷっはー。
「班長、ヤロウのハーブティーは元気になる風味ですね」
「そうだろう。でも、飲みすぎると逆に体調が悪くなるからな。飲みすぎないように気を付けるんだぞ」
ヤロウのハーブティーは新しい発見だったが、残念ながら普通のハーブティー以上の効能は得られなかったようだ。
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