第51話 あと
「そうだ、最後にもう一つ話しておこう。分かれている君の魂は、いずれ産まれてくる子供、コンラートと名付けられるその子供に定着するから、スヴァンが死に、その後にコンラートが死んで、ようやく魂が一つになるんだ。その子は記憶が全く引き継がれないから、そのノートの所有は設定しない。スヴァンが死んだ後は暫く時間が開いてしまうのが残念だよ。それでは、また会うのを楽しみにしているよ。ごきげんよう」
自称シェストと名乗った自称神様が言いたいことを一頻り言うと、頭の中でパァンと何かが弾ける音が鳴る。同時に、色の付いた裂け目から空気が抜けるように白がしぼみ、気が付けば元の執務室に立っていた。
手渡された豪華なノートは……、持っていない。白昼夢でも見ていたのだろうか。しかし、ボクの記憶も、須田半兵衛の記憶もある。しっかりと思い出せる。だとしたら、あれはいったい何だったのか、シェストと名乗っていたあの自称神様は。
いや、今は考えても仕方がないだろう。目の前のことをどうにかしなければ。ボクの記憶はあるが、ともかく状況確認だ。色の無いボクは、相変わらず赤黒い血の海に沈んでいる。衛兵長はと見れば、他の衛兵を呼びながら執務室から出ていくところだった。
「衛兵長!ボニファーツ衛兵長!」
「おお!スヴァンか。いつからそこに居た?」
俺が声をかけると、衛兵長はひどく驚いたそぶりでこちらを振り向き話し始めた。やはりその顔は疲れている。
「まぁ、今はそんなことはどうでもいい。ともかくシュテファン様をこのままにはしておけない。待機している衛兵を1人、いや、2名呼んできてくれ。君はそのまま別の衛兵1名を連れて荷車と棺の準備を頼む。荷車は詰所にあるはずだ。棺は仮の物で良い。ああ、それからもう一つ。更に別の衛兵1名を西の村落に向かわせて、執事のオスヴァルトに急いで戻るように伝えさせてくれ。頼んだぞ」
「は!」
腕組みしながらあたりを念入りに見回している衛兵長を背に、執務室を後にした俺は、待機室にいた衛兵1名と入口の1名に声をかけて執務室に向かわせ、荷車と棺の準備、それから執事への早馬は詰所の待機組に声をかける。事情を説明すると、皆一様に声を詰まらせていたが、すぐに班長が指示を出して動き始めた。
町の木工職人に簡素な棺を作らせ、詰所にあった荷車に載せて代官屋敷に運ぶ頃には、西の空が赤みを帯び始めていた。報告のために執務室に行くと、シュテファンと衛兵長の姿はなく、衛兵2名が黙々と部屋の片づけをしているところだった。衛兵長殿は?と尋ねると、反対側の居室に居られる、とだけ。
「衛兵長殿、スヴァンです。戻りました。入ってもよろしいでしょうか」
居室の閉じられた扉をノックし、返事を待って入室すると、衛兵長と執事が深刻な面持ちで待ち構えていた。奥のベッドには布団をかけられたボクが、まるで眠っているかのように横たわっている。
「失礼します。衛兵長殿、荷車と棺の準備が完了しました」
「うむ。報告ご苦労」
「それからもう一つ報告があります」
「ふむ。言ってみたまえ」
アシミヤからの帰路のことですが……と、イヌイの傭兵組合に報告したことを、衛兵長にも話した。もちろん傭兵組合に報告済みであることも付け加えて。
「ふーむ、そうすると、スヴァンさんにも先ほどの意見を聞いてみても良いかも知れませんね」
執事がそう言うと、衛兵長は執事を見ながら短く頷き、話を促した。
「先にスヴァンさんへの衛兵依頼の件ですが、シュテファン様が暗殺されたことも含めてイヌイに指示を仰ぎに遣いを出しておりますので、それまでは依頼継続でお願いします。さて、お話ですが……」
執事は丸テーブルの上から大事そうに木箱を持ってきて、蓋を取って俺に中の物を見せてくれた。
「これは……、何かの封筒……と、傭兵の登録票ですかね?」
中には見覚えのある公爵家の封蝋がある封筒と、傭兵組合の登録票によく似た革の紐がついた金属製の小さなプレートが入っていた。封筒の内容はシュテファンの記憶で知っているが、言ったところでいらぬ疑念を呼び起こさせるだけだ。慎重に発言しよう。小さな金属製のプレートは傭兵のそれによく似ているが、少し違うようだ。
「これ、手に取って見ても?」
「ええ、構いません」
執事に断ってから傷を付けないように慎重に二つを見る。
金属製の小さなプレートの表には
エルマー・ブルームハルト
ヨシミズ
ヨシハラ公爵家
とあり、裏には根が4本に分かれ雷をさかさまにしたような図案化されたスピノサスモモの木と、その周りを覆うように三角盾が彫られている。
封筒には血痕が残っているが、中の手紙には影響がなく、通常通り読むことができた。その内容は、冒頭の挨拶が無い事を詫びる文章から始まり、エン・トウ・アシハラ王がオダ宰相の謀反を疑い、オダ家の領地に兵を差し向けているから防御を固めて欲しいこと、自分には出兵を止めることができなかったが、本隊の総指揮を任されたから、いずれ他の有力諸侯も交えて会談を行ないたいことなどが書かれてあった。
「これらは二つとも、シュテファン様を殺害した犯人と思われる者の持ち物です」
俺が読み終わるタイミングを見計らってか、執事が話しかけてきた。
「当番の衛兵の話から、犯人は公爵家からの急使を名乗り、その所属票を一度衛兵に渡して代官屋敷に入り込み、シュテファン様に手紙を渡し、殺害した。その後、足早に去っていったと考えていますが、スヴァンさんは何か気付いたことはありますか?」
そうか。あの兵士はボクを殺した後――
いや、まてよ。
どうして俺はボクが殺されたものだと思っているんだ?そう、自称神様にも「ボクを殺した犯人」とはっきりと言っている。何故なのかは分からないが、思い込みは判断力を損ねるから確認しておこう。
「その前に一つ質問いいですか?」
「どうぞ」
「シュテファン様は何者かに殺害された、ということですか?」
「それは状況からして間違いないだろうな」
今更な俺の質問には衛兵長が答えてくれた。
「首の左側を斬られた痕があるが、シュテファン様の付近に刃物は見当たらなかった。犯人は手持ちの刃物を使用したのだろうな」
そうか、ボクはやっぱり刃物で首を斬られていたのか。そうすると……
「ありがとうございます。すみません、あともう一つ質問です。室内に荒らされた形跡は無かったと思いますが、何も盗まれていないんでしょうか?」
「その通りだ。室内は荒らされていなかったし、盗まれた物もないようだ。オスヴァルト君はどうだね?」
「私の知る限りでも、なくなっているものはありませんね」
衛兵長も執事も何も盗まれていない、と言うのだからボクを殺すことが目的で間違いなさそうだな。だとしたら、なぜ?
なぜ?
なぜ?
――は!?いけない、質問されてたんだ。答えないと。
気が付いたこと、気が付いたことか。気が付いたことと言えば……
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