第36話 オレ⑮

「うん、良いよー。でも、11時前は手が足りてるからいいや」


 今回の講習で11時から13時過ぎまでお休みすることを話すと、ボーネン食堂の店主は、いつも通り気持ちの良い返事をしてくれた。試しに、代わりに11時前に2時間働くことを提案してみたが、それは駄目だった。この感触だと、普段も11時前から働かせてもらうことはないだろうな。


 週が明けて対人制圧術の講習が始まった。受講者は武器講習のときと打って変わって、5人もいる。去年から始まった講習で、受けたことがある人がまだ少ないらしい。それにしてもオレ以外の4人は30歳から40歳前後に見える。見習い仕事でも若い人は見なかったから、仕事が少ないと噂の傭兵になる人は少ないんだろう。

 対人制圧術の講習内容は、武器の弱点に始り、敵が持つ武器を落とす狙い方、体勢の崩し方、斬ると動けなくなる箇所、メイス、盾、槍を使った効果的な殴り方、捕縛の際の縛り方など、敵を無力化するにはどうしたら良いかを頬に傷痕のある実力派おじさんがみっちり教えてくれるものだった。

 動きを覚えるための簡単な模擬戦もあったが、今回は受講者が多かったので、実力派おじさんとは1回だけで済んだ。槍でボコボコに殴られた。動きを覚えるためじゃないの?


 その次は警備と護衛の講習だ。白髪を短く揃えた偉丈夫で、如何にも大ベテランといった風格のおじいさんが講師だった。その体躯だけを見たらとてもおじいさんとは思わないだろう。


 警備と護衛を1日ずつの講習だったが、警備はおおよそアニキから教えて貰ったことだった。侵入をしようとしている賊が武装していて、こちらより大人数だった場合には、その場をいったん放棄して救援を呼びに行け、というのは予想外だったが。最後まで戦い抜くものだと思っていたけど、諦めて後に繋げる方が有益だという判断らしい。


 護衛は、傭兵組合では3人以上を組にして受注しているとのこと。昼も夜も関係なく常に2人で護衛し、交代で1人は睡眠をとれるようにそうしているらしい。馬車移動での護衛方法、徒歩移動での護衛方法、眠るときの武器防具の配置、襲撃されたときの動き方、逃避方法、救難用の狼煙の炊き方、などなどなど、2時間に無理やり押し込んだ感じだった。

 最後の実技で、賊に扮したおじいさんを止めるのは一苦労だったが、というか体当たりで吹き飛ばされて少し気を失ってしまったのだが、とても濃密な時間だった。



「うぐ!げふうぅぅぅぅ……」


 そんなわけで、オレは今、狩猟講習で鹿の頭突きを喰らっている最中だ。


「がっはぁ!はぁ、はぁ、はぁ……」


 後ろに倒れてひとしきり悶えてから、どうにか立ち上がる。


「おぉーい、大丈夫かぁ」


「あいぃ、だ、大丈夫で、すふ」


 講師役の猟師が掛けてくれた声に何とか返事をした。


 イヌイの北西にはあまり大きくはないが森があり、イヌイに住んでいる猟師さんから講習を受けている。今回の受講者はオレを含めて2名だ。受講者が少ないのは、狩猟の手伝いの依頼がそもそも1年に1回あるか無いかくらいだから、らしい。


 熊に突進された身としては、この狩猟講習で、熊に勝てる何かを得られると思ったのだが、猟師さんからは、熊を見かけたら慌てず騒がず静かに離れろ、と講習が始まるときに念を押されてしまった。ただし、気が付いたらとても近くにいたような場合は、鼻を狙って切り付ければ追い払えるかも知れない、先に熊に殴られたら死ぬけどな、とは教えて貰った。熊最強ということだ。


 兎は弓で射るが、鹿などの大型動物の猟をするときは、対象が通りそうな場所に罠をいくつか仕掛けておいて、時間が経ったら確認しに行くとのことで、狩猟講習の1日目は、森に棲む動物の習性や痕跡の知識を教えてもらいながら、獣道に罠を仕掛け、その後は弓矢を使って、森に近くの草原にいるアナウサギの狩りをした。二人でどうにか1羽ずつ仕留めると、近くの小川――幅は2メートル無いくらいで、深さも膝くらいまでだ――まで移動して、見事な手際で血抜きと解体を教えてくれた。

 解体が終わると空が朱に染まってきたので、そのまま平原で野営の準備を始める。持ってきた棒と布切れを猟師の指示に従って組み立て、粗末ながらも雨除けのようなものがある寝床を確保する。そこまで終わったら、アナウサギを調理して、ヤクト神に感謝しつつ美味しく頂いた。


 そして講習2日目。朝早く起き、1日目に森の中に仕掛けた罠を確認していると、その内の1つにオスの鹿が捕らえられていた。その鹿は特に暴れるようでもなく、じっと座っていたので、詳しく様子を見ようと不用意に近づいたところで、急に立ち上がって暴れ始めた鹿に腹をゴツンとやられてしまったのだ。今回はキュイラス胸甲を借りていない。分厚いバフコートがあるとは言え、とても痛い。


「お前さん、鹿だって殺されたくないんだから、人間が近寄ったら大暴れすんだよ。今回は何ともなさそうだけど、最悪、死ぬことだってあるんだぞ。それと、獲物に近づくときは一声かけてくれ。まだ教えてないんだからさ。分かったか?」


「はい、分かりました。ごめんなさい……」


 まだ痛むお腹で、半べそをかきながら猟師さんに謝る。


「じゃ、罠に捕まった鹿の仕留め方を教える。まず、鈍器か重たい木の棒を拾ってきて準備する。今回はお前さんがたが腰から下げてる剣があるから、拾ってこなくても大丈夫だ。今みたいに鹿が暴れてるときは、疲れて暴れなくなるまでじっと待つ。大人しくなったら、頭を思い切り叩いて気絶させて、心臓を大きめのナイフで一突きするんだ。頭を思い切り叩くのはそっちのおっちゃんに任せる。剣の横っ腹で思いっ切り叩きな。頭突き喰らった兄ちゃんはそこで大人しく見てろ」


 むむむ。残念だけど、まだ痛みが引かないからしょうがないか。

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