第27話 オレ⑦

 ボーネン食堂で働き始めてあっという間に7ヶ月が経ち、11月もそろそろ終わろうとしていた。


 マザーの目論見通り、店主と仲良くなりアイントプフの作り方を教えて貰えて、とても忙しい日には調理を頼まれることもある。


 商人の顔見知りは1人だけ出来た。イヌイの南西にある交易の中継都市ヨシミズを拠点にしている行商人で、イヌイとヨシミズの他にはヨシミズから更に先の港町カネウラ、王都のアシミヤ、ヨシミズの北西にある毛織物が特産のラッキ王国の王都ラッキを往復して商売をしているらしい。イヌイに居るときはボーネン食堂にちょくちょく食べにきて、オレに話を聞かせてくれる。年齢は20代後半だと言っていた。背は平均的で小太りだ。身なりは一見、良くはなさそうに見えるが、近寄ってよく見ると、目が細かい質の良い生地が使われている服を着ていることが分かる。

 オレが傭兵になりたいと言うと、僕がお金持ちになったら護衛で雇ってあげるよ、と笑いながら言ってくれた。


 毎週1日あるナハトの休日以外は毎日働いたお陰で、お金も大分貯まってきた気がする。

 給金の銀貨3枚の内、1枚はマザーに渡しているから、1日に銀貨2枚貯められたはずだ。年が明けたら早めに孤児院を出て一人で暮らしたいから、銀貨が何枚あるか一度数えてみないと駄目だな、ということで早速数え始めた。


「1枚、2枚……、これで10枚……」


 10枚ごとに机の上に銀貨の塔を建てて、途中で枚数を忘れても大丈夫なように数えていく。


「5、6、7、8枚と。ふう、これで終わりだな」


 机の上には燦然と輝く銀貨の塔が36基も立ち並んでいる。これはなかなかに壮観な眺めだ。


 えーと、10枚の塔が35基で8枚の塔が1基だから、えーとえーと、358枚の銀貨があるということだな。ところでこれってどれくらい暮らしていけるお金なんだろうか。

 考えてこなかったが、一人で暮らしていくのだから、生きていくためにはどれくらいお金が無いと駄目なのか知っておかなければいけないな。それを知るためにはどうすれば良いだろう?


 うーん、分からないときはマザーに相談だ。



「はい!マザー質問です!」


「何だね、スヴァン君。言ってみたまえ」


 マザーに相談しに行ったら、顎の髭を整えるような仕草をしながらいつもより低い声で返事をされた。

 偉い学者先生の真似なのかな?


「オレ、一人で生きていくのにどれくらいのお金が必要なのか知りたいです。あ、あと、部屋を借りるにはどうしたら良いのかも」


「ふむ、良かろう。では教えて進ぜよう。それはだね、……うー……むむー……」


 暫く無言で顎の髭を整えるような仕草をした後、話し始めた。


「住む場所なんだけど、裏の水場の近くに何軒か集合住宅があるの。そこの大家さんと仲良くしててね、1ヶ月銀貨15枚くらいで借りられるみたいよ」


 偉い学者さんの真似は続かなかったらしい。いつものマザーの声で話してくれる。

 裏手の水場の近くなら顔見知りも多いし、共同の炊事場、トイレ、それから公衆浴場も近いから良いかも知れないな。


「それから食費は市場で価格を見てみるのが良いとは思うけど、自炊すれば1人1日で銅貨70枚くらいだと思う。食堂だと食事1回で銅貨50枚くらいはするから、収入が少ない間は自炊した方が良いわね」


「1日銅貨70枚ということは、1週間だと、えーっと、銅貨490枚、1ヶ月で銅貨2100枚、1年間だと、えーとえーと……、銅貨が25200枚も必要ということですね」


「そういうことね。それに家賃も忘れないでね」


「あ、そうでしたね。そうすると、1ヶ月で銀貨15枚と銅貨2100枚くらい必要、と。となると……、うーん、計算が難しいです、マザー」


「お給金を銀貨だけで貰ってるなら、銅貨が銀貨何枚分になるか調べてみたら良いんじゃないかしら。噴水広場から領主様のお屋敷に行く道の途中にある、貨幣鋳造所ミンツェの出張所で教えてくれるわよ。商人組合でも教えてくれるけど、ここからならそっちの方が近いわね」


 流石マザーだ、何でも知っている。


「ありがとうございます、マザー。早速ミンツェに行って聞いてきますね」


「頼りになるお姉ちゃんでしょ?」


「え?あ、あー、ええ、はい……」


 オレは苦笑いしながら孤児院を出てミンツェに向かった。



 孤児院から南東に路地を歩いて西大通に出て左に曲がり、北東に向かって歩くとじきに噴水広場に出る。そこから向かって斜め左の方向に領主屋敷に至る道があるが、目指すミンツェはその道に入ってすぐのところに在った。その建物は1階建てで、正面からみた幅は30メートルくらいあるだろうか。奥行きはここからは分からないが、恐らく幅以上はあるのだろう。見た目に比べて人2人がすれ違うのがやっとのくらいの、正面の狭い入口から中に入ると横に広い待合室があり、奥は完全に壁で仕切られている。壁に何か所か人の上半身が見えるくらいのアーチ状の穴が開いていて人の顔が見えるから、そこが受付窓口なのだろう。


 窓口にいた女性に銀貨と交換するのに必要な銅貨の枚数を教えてください、とお願いしたところ、待合室の壁に貼られていることと、最低でも1年に1度見直しがあること、交換する際には窓口に貨幣を持ってきて一緒に枚数を数えること、それから鉄貨は不便、金貨は泥棒に狙われるからあまり流通していないから交換はしない方が良いことなどを丁寧に説明してくれた。


 さて、言われた通りに待合室の壁を見てみると何ヶ所も掲示されているようだ。

 入口に近いところの掲示を眺めたところ、今年は銅貨124枚で銀貨1枚と交換してくれるようだ。ちなみに鉄貨は銅貨2枚、金貨は銅貨2480枚で交換できるが、折角説明してもらったのだから考えないでおこう。

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