第28話 オレ⑧
「えーと、銅貨2100枚は銀貨16枚分だから、えーと……、銀貨16枚と、えーと……、銅貨116枚になるのか?」
ブツブツ呟きながら、適当に拾ってきた棒切れで地面に字を書いて計算してみた。
「つまり、1ヶ月に銀貨31枚と銅貨116枚以上稼げれば生きていけるんだな。よし、分かった。分かったぞ。つまり……」
あれ?ボーネン食堂の給金だけで十分生きていける?傭兵をやらなくても生きていける?
いやいやいやいやいやいや、待て待て待て待て待て待て。
傭兵と言えば武器と防具だ。
そうだ、武器と防具だ。忘れてた。
違う違う、傭兵になるために、傭兵と兼業するために食堂で働いてたんだった。忘れてた。忘れてた。
それはそれとして、やはり傭兵をやるからには自腹で武器と防具を買わなければなるまい。
いくらするか分からないけれど、必死に貯めないと買えないんじゃないか?
どれくらい貯めれば良いんだ?
そもそもどこで売ってるんだ?
改めて考えると分からないことだらけだけど、15歳になる前に働かせてもらえて本当に良かったんだな。15歳になってから働き始めたのでは、必要なお金が貯まるのが遅くなってしまうだろうから。
武器と防具の揃えるのに必要なお金は、明日、食堂の帰りに傭兵組合に行って聞いてみよう。
*
「よぅ、スヴァンだったか?また来たのか。今日は何の用だ?」
今日はお兄さんは傭兵組合にはいないみたいで、前に一度だけ挨拶をしたことがある、頬に傷痕のある中年の男が受付にいた。組合長は奥の部屋で大人しく事務仕事をしているらしい。
「ははぁ、武器と防具がどれくらいかかるか知りたいか。そりゃ、そうだよな」
渋くて良い声の中年の男は一人で納得したように頷いて話を続ける。
「いいぜ、俺が教えてやる。と、言いたいところだが、あの手のモノの値段はすぐに変わるもんなんだわ。最低限、持ってた方が良いものと売ってる場所を教えてやるから、自分で調べてきな。今の内に職人たちと知り合いになっておいた方が良いだろうしな」
少々ぶっきらぼうな喋り方だけど、このおじさんも親切だな。
そう思いながら丁重にお礼を言って、傭兵組合を後にした。
おじさんに教えて貰った最低限のものは、鉄兜、革の頭巾、バフコート、
*
ハレ大陸の西部を南北に分けるトーム山脈、その東端の裾野に広がる母なる湖”ムッター湖”、そこからいずる2本の大きな川の恵みによってアシハラ王国は発展してきた。
大きな2本の川の内の1本、ムッター湖の西から流れるゾンマー川にほど近いイヌイでは、運河を作ってゾンマー川と接続し、水運や工業に利用している。
運河は町全体に広がっているわけではなく、西大通と東大通に囲まれた南東部の区画にだけあるためか、商人の倉庫や職人の工房がそこに集中しており、運河に近づくほど、川のにおい、鉄の焼けるにおい、皮をなめすにおい、木のにおい、染料のにおい、行きかう人々の熱気などが混ざりあって独特の空気が醸し出されていた。
おじさんに教えられた通り、武器職人の工房、防具職人の工房、革職人の工房を2軒ずつ見て回ったが、大体の工房にはお店も併設されており、陳列された商品の近くの木札に値段が書かれていたから、相場を調べるだけなら簡単だった。
その結果、同じ品物なら値段はほぼ一緒だということにも気が付いた。組合で値段の取り決めでもあるのかもしれないな。
何軒かで店番とも軽く話をしたのだけど、敵が刃物を持っているときには鉄籠手が有った方が良い、とか、
うーん、やっぱり結構するものなんだな。
今年もあと1ヶ月しかないから、成人してすぐに揃えるのは無理だ。傭兵組合の有料の研修も受けないと右も左も分からないだろうし、孤児院を出たらとりあえず、銀貨300枚以上もするキュイラス抜きで買えるものだけ買う方向で考えておこう。
そうそう、今日はもう一つ発見があった。
値段を調べに水路の近くを歩き回っていたときに、商人と思しき人達が、紐のようなもので何枚かつなげられた木の板のようなものを持って、先が尖った棒で板に文字を書くような仕草をしながら話をしていたのだ。
好奇心を抑えられず、迷惑になるのを承知で話しかけたら、それは蝋板というもので、銅貨90枚くらいで1枚買えると教えてくれた。成型した木の棒で木の板の四方を囲い、その中に蝋を流し込んで固め、先が尖った棒で蝋を削って文字を書くのだとか。書き間違えてしまったら、尖った棒の反対側のヘラのようになっている部分で削って平らにすれば、書き直せるから便利だとも言っていた。
紙とペンとインクは高くてとても手が出ないけど、蝋板ならお手頃だ。蝋が無くなってしまったら、ロウソクを買って自分で足せば良いだろうし。
思い立ったが吉日で、その帰り道に噴水広場の雑貨屋に寄って、蝋板1枚と先の尖った棒1本を合わせて銅貨100枚で買ってきた。
これで覚えておきたいことを書き残しておけるな。
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