第26話 オレ⑥

 翌日も時間を見つけて噴水広場に行ってみた。兵士たちの準備を見られるかも知れないと思ったからだ。

 広場に到着すると、予想通り兵士が荷物の積み込みをしているところだった。

 昨日よりもかなり人数が減っているから、第一陣は既に出発したのだろう。傭兵組合の組合長と親切なお兄さんも今日はいない。


 やはり準備を見ているだけでも、何となくワクワクしてしまう。


 時間も忘れて見入っていると、身なりの良い男が従者らしき男と兵士を数名伴って、噴水広場で準備を進めている兵士たちに声をかけている。身なりの良い男は、背が高く筋肉も発達しているのがよく分かり、如何にも強そうだ。声をかけられた兵士の背筋が一様に伸びているのを見ると、きっと地位の高い貴族なのだろう。領主にしては若すぎるから領主の息子かも知れない。

 それにしてもあの男、どこかで見たことがある、どこで見たんだろうと、なかなか思い出せないでいたが、衛兵の訓練所に忍び込んだときに剣を教えてくれたあの人だ、と急に記憶が甦ってきて、声にならない呻き声を上げてしまった。

 何か、こう、むずむずしてきた。



 兵士たちはあれから1ヶ月少々で領都に戻ってきた。

 オレは食堂で働いていたから少ししか見られなかったが、北東の城門から噴水広場までの、ささやかな戦勝パレードも行なわれた。

 なお、噴水広場から北西に延びる領主屋敷までの道ではパレードは行なわれなかった。

 領都イヌイは西大通と北大通の目抜き通りに囲まれた北西部は小さな丘になっていて、噴水広場から見ると傾斜は緩やかだが上り坂になっている上に、一番高いところにあるお屋敷までは道幅が馬車1台半ほどと広くなく、更にくねくねと折れ曲がっていて、パレードには向いていないからだろう。

 逆にそれ以外の地域は平坦な土地で住みやすく、北西部がイヌイの5分の2の面積を占めているにも関わらず、人口のほとんどは残り5分の3の平坦な地域に集中しており、街が一層賑わって見える一因にもなっている。


 兵士が帰ってきたとなれば、どんな様子だったのか知りたくなり、居ても立っても居られず、パレードがあった日は孤児院に帰る前に傭兵組合に様子を見に行ってみたが、後片付けで忙しいから何日か経ってから来てくださいね、とお兄さんにやんわりと追い返されてしまった。


 何日か経って、食堂で働いた後に傭兵組合に顔を出すと、声が大きい組合長とお兄さんは受付におらず、頬に傷痕がある中年男性がいた。


「いらっしゃい。何か用か?」

 オレが建物に入ると、低いが聞き取りやすい声で話しかけてきた。

 よく見ると亜麻のシャツの袖口からも、傷痕が少し見える。


「こんにちは。今日はいつものお兄さんはいないんですか?」


「なんだ、馴染みなのか。あいつは組合長と一緒に領主のところに行ってるぜ」


「そうですか。ではまた明日来ますね」


「まあ、待て。お前、名前は?」


「オレは、スヴァンです」


「ここのモンか?」


「???……ああ、いえ、傭兵組合には来年加入するつもりです。まだ15歳になっていないので」


「なんだ、てっきり登録したばかりの同業かと思ったぜ。まぁ、でも来年から同業だな。よろしくな」


「はい、よろしくお願いします」


 同業、ということは、あの人は傭兵なんだろう。一緒に仕事をすることもあるかも知れないな。



 翌日も、食堂で働いた後、すぐに傭兵組合に行ってみたら、今日は親切なお兄さんが受付にいた。

 神聖リヒトとの戦いがどうなったのか聞きたいと言うと、「暇だから良いですよ。私は行かなかったのでまた聞きにはなってしまいますが」と言って受付のそばの丸テーブルと椅子のある一角で話をしてくれた。


 オダ軍は国境にほど近いサコという宿場町で準備を整え、国境の砦の向こう側、神聖リヒトに近い隘路に陣地を構築して600名の兵で待ち構えたらしい。

 神聖リヒトとは険しい山々が東西に連なるトーム山脈で国を分けており、山の間を縫うように通るあまり広くはない山間の道1本だけがお互いの国を結んでいる。そこを通せんぼ出来れば領内を荒らされることはないから、形だけ存在するような砦に籠って戦うよりは現実的な戦法だという。

 山間の道しかないと言っても、国境の道周辺は比較的なだらかになっているので600名の内、100名ずつを道の両脇の山に道から見えないように伏せ、脇から別動隊に突破されないように配置したんだとか。

 ちなみに傭兵50名は万が一、強行突破されてしまったときのために、砦周辺での待機と哨戒任務を任されたそうだ。


 さて、実際に神聖リヒトの兵士を目撃した偵察兵からの報告にオダ軍は驚愕した。途中で合流して400名くらいになっていた神聖リヒトの兵のおよそ半分が鉄砲を持っていたからだ。オダ軍でも鉄砲の配備を急ピッチで進めていたが、今回多めに準備して100挺だ。何よりも半分も鉄砲隊では軍としてのバランスも悪い。

 当然、200挺の鉄砲の脅威はオダ軍も承知しているから、バランスが悪いからと言って、そのまま待ち構えるような愚は犯さない。すぐに陣地と400名の本隊を砦付近まで下げ、十分に引き付けてから両脇に伏せた兵士で強襲し、敵の鉄砲隊にまとまった動きをさせない作戦に切り替えた。


 結果、何故か両脇を全く警戒しなかった神聖リヒト軍が、オダ軍の陣地と伏兵の丁度真ん中くらいのところで暢気に簡易陣地を設営したから、その夜に本体と伏せていた両脇の兵力で一気に夜襲をかけて撤退に追い込んだらしい。敵軍の被害は死者52名、捕虜34名に対して、オダ軍は死者3名だけで済んだとか。


 最後にお兄さんはこうも付け加えていた。

「神聖リヒトの兵士が昔ながらの全身甲冑に対して、オダ軍の兵士が簡素化された防具で機動力に優れていたから、敵の鉄砲隊の準備が出来る前に襲撃できましたけど、昔と同じ装備だったらどうだったか分かりませんよ」

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