第25話 オレ⑤
改めて噴水広場で準備をしている兵士たちを見ていると面白いことが分かった。
衛兵に比べると
重い防具を付けていると徒歩移動の兵士が辿り着くまでに消耗してしまうから、可能な限り軽くしようということか。
対して傭兵組合の準備に目をやると、兵士同様に出来るだけ防具を荷馬車に積み込んで身軽にしたいようだが、大きさがバラバラで積み込むのに苦労しているようだ。
そう言えば兵士の箱詰めのキュイラスは
それから木に鉄の棒がくっついている見慣れない物も沢山準備されていた。孤児院に帰ったらマザーに聞いてみよう。
おっと行けない、準備に見惚れてかなり時間が経ってしまった。
早く食堂を回って働かせてくれるところを見つけなければ。
*
噴水広場に面している4軒の食堂は出掛けるたびに時間を作って観察していたので、どこのお店が繁盛していて人手が足りなそうかは何となく分かっているつもりだ。
人手が足りていないであろう順番に、4軒すべてお願いしてみる覚悟でいたが、3軒目の噴水広場の北東に面しているお店で働かせてくれることになった。
「いやー、今働いてくれている子が1人、近々辞めちゃうんだよね。助かったよー」
人の好さそうな少し額の広い店主がニコニコしながら受け入れてくれた。
顔はお人よしに見えるが袖の短いシャツから見える腕の筋肉は見事なものだ。
人脈と情報収集のためと思っていたが、ここで働けばオレにもあの筋肉が手に入るかもしれない。
「11時から15時まで給仕として働いてもらって、給金は1日銀貨3枚でどうだろう?」
「そんなに貰えるんですか!?ありがとうございます。よろしくお願いします」
「ははは、よろしくねー。えーっと、いつから来てもらおうかなー♪5日後が良いかなー♪よし、決めた!5日後からよろしくねー」
「分かりました!5日後の11時の鐘が鳴る頃に来ます!」
オレは働くことが決まった喜びを早くマザーに伝えたくて、速足で孤児院へ戻った。
*
「ただいま!マザー!」
「お帰りなさい、スヴァン。今日は何か良いことでもあったのかしら?」
「やっぱりマザーには分かりますか」
「ええ、皆のお姉ちゃんですからね」
「お姉ちゃんはさておいて、オレ、食堂で働かせてもらえることになりました!」
「あら、そう、お姉ちゃんって呼んでくれないのね。お姉ちゃん、寂しいわ。これが反抗期っていうものなのね……。シクシク……」
あれ、前もこんなやり取りがあったような……。
「ええと……、噴水広場にあるボーネン食堂というところで働くことになりました」
「ああ、あそこね。お姉ちゃん、そこ知ってる。アイントプフとたまに出すシュトレンが美味しいのよねー」
マザーは知っているお店の味を思い出したようで、嬉しそうな表情になった。
「ところで、いつから働くの?そしてボーネン食堂のアイントプフの味はいつ頃、盗めるのかしら?」
聖職者のくせに物騒なことを言っている気がするが、聞き間違いかも知れない。
「5日後の11時頃から働きます」
「5日後ね。ボーネン食堂のアイントプフの味はいつ頃、盗めるのかしら?」
聞き間違いじゃなかった……。
「え?えっとですね……、給仕なので味を盗むのは難しいと思います……」
「あら、そう?それは残念ね。でもね、お姉ちゃんが良いことを教えてあげる。人間と云う生き物は親しい間柄には、存外に口が軽いものなのよ。だからね、スヴァン。食堂のおじちゃんと仲良くなるのよ!絶対に!」
「え?あ、はい、マザー、分かりました」
何を言い出すのかと不安になったけど、意外とまともな内容だったので安心した。
それにしてもマザーはボーネン食堂のアイントプフがとても気に入っているんだな。これは何としてでも、おじちゃんと仲良くなって作り方を教えて貰わなければなるまい。
*
「木の部分がこうなってて、鉄の棒がこんな具合で……」
広場で目撃した謎の物体について、マザーなら何か知ってるかもしれないと思い、孤児院の裏手の井戸端で、水を使って土の地面に絵を描いている。
「こんな形だったんだけど、これが何だか分かりますか?」
「ふむふむ。これは……」
マザーに心当たりがあるようだ。
「これは、鉄砲という武器ね」
「てっぽう?これでどうやって攻撃するんですか?鉄のところを持って振り回すとか?」
初めて耳にする武器だ。
「詳しくは知らないけど、ここの鉄の棒から金属の玉がとても速く、矢よりも速く撃ち出されるものらしいわ」
マザーはオレが地面に描いた鉄砲を指さしながら説明する。
「……そんなものが体に当たったらひとたまりもないですね」
「ええ、想像するだけでも恐ろしい武器ね。想像するだけで済むのが幸いだけれど」
鉄砲か……。傭兵の仕事でこれを使って敵を殺すこともあるかも知れないのか。
だけど、オレに人を殺すことが出来るのだろうか?
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