第24話 オレ④

 んんー、今日も良い朝だ。

 起き抜けに背伸びをしながらそう思う。


 孤児院の裏手にある共同の水場で、顔見知りのご近所さん達と挨拶を交わしながら手押しポンプの井戸からベッケンたらいに水を汲み、まだ4月になったばかりの少し冷たい水で顔をごしごしと洗うと、何故だか少し身が引き締まって前向きな気持ちになる。

 毎朝のことだけど、やはり天気の良い朝は格別だ。


 こういった共同の水場はオレが捨てられていたくらいの頃は少なく、領都でもたびたび病気が流行していたそうだが、今の領主がかなり力を入れて上下水道と一緒に整備を進めたくれたお陰で、疫病の流行も年々少なくなり、また水を汲みに行く労力と時間が減ったことで職人さん達の生産能力も上がったそうだ。


 孤児院にも資金を提供してくれているそうで、領主のお陰で孤児院の子供たちに満足な食事を与えられるとマザーが常々話している。


 さてと、マザーの朝のお勤めが終わるまでには孤児院に戻って食事の準備を手伝わないとな。井戸から手桶いっぱいに水を汲み、孤児院に戻っていった。



「アイン神の太陽の温もり、ナハト神の月と星のお導き、エルデ神の豊饒なる大地、ギューテ神の慈愛、ヤクト神の血肉、ライゼ神のご縁によるお恵みに感謝いたします」


 黒パンと何粒かの干し葡萄、それからベーコンと豆のスープを前にマザーのお祈りが朝食の定番だ。

 マザーのお祈りは流石に司祭なだけあって、その間だけは厳かな雰囲気になる。

 オレももう10数年もお祈りの文句を聞いているから暗記しているつもりなのだけど、たまに1つ抜かしてしまって、そんなときはゴニョゴニョ言いながら言い切ったふりをしている。


 ちなみに、このアシハラ王国、と言うかこのハレ大陸で主流のシェスト教には6柱の神様がいて、それぞれ担当しているものが違うらしい。

 アイン神は光と太陽と空、ナハト神は闇と月と星と海、エルデ神は酒と豊穣と大地、ギューテ神は慈愛と治療、ヤクト神は戦いと狩猟、ライゼ神は商売と旅と縁、と言った具合で、マザーの執務室兼客間にある持ち運びができる聖龕せいがんには、6柱神をかたどった小さな木彫像が収められている。何回か見たことがあるが、どうして神様は上半身裸なのかと疑問に思ったものだ。もっとも、ヤクト神だけはがっちりと古風な鎧兜を着込んでいて格好良いのだが。



 食堂を当たってみようと噴水広場に出てみると、あちらこちらにいつもより軽装だが大きめの直剣を帯剣している兵士がちらほら見えて、何やら物々しい雰囲気だ。荷馬車や着飾ったように見える馬、大量の武器が入っている頑丈そうな木箱も見える。

 街の人達も気になるのか、遠巻きに見物している人も多く、いつもより噴水広場は混雑していた。


 オレもソワソワしながら何とか近くで見たいとウロウロとさまよい、人垣を抜けたと思ったら、


「おう!そこ、危ねぇぞ!」

 と、バカみたいな大声で注意された。


「わあぁぁ!ごめんなさい!」

 声で殺されかけたのはこれで2度目だなと思いながら、声の方向に目をやると、傭兵組合で見たことのある筋骨隆々のおっさんと優しくしてくれたお兄さんが居た。


「おや、君はこの前組合に来た、ええと……」


「スヴァンです」


「ああ、そうそう、スヴァン君だったね」

 お兄さんはオレのことを覚えてくれたようだ。


「おう、坊主も参加してくれんのか!よろしくな!」

「駄目ですよ組合長。スヴァン君はまだ成人してないんですから」

 おっさんがまたバカでかい声で声をかけてくれたが、お兄さんに諫められている。

 て言うかこのおっさん、組合長だったのか。


「うぬ。そうか!」と返事をした後、誰かに、おやっさーん、と声をかけられてそっちの方に行ってしまった。


 ところで、参加させて貰えるのなら参加したいが、そもそもこの状況は何なのだろう?


「えーと、今日のこの状況は何なのでしょうか?」


「これは戦争の準備です」

折角だから聞いてみたら、お兄さんが思いもよらない回答をしてくれた。


「戦争?」


「ええ、戦争です。とは言っても大規模なものではありませんけど」


「それは初めて聞きました。どことやるんです?」


「あんまり言いふらすものでは無いんですけど、いずれ領主様から布告があるでしょうから良いでしょう。……お隣の神聖リヒトです」

 お兄さんは最後の方は小声でそう教えてくれた。


「神聖リヒトに攻め込むんですか?」

 アシハラ王国と神聖リヒトは昔は大きな戦争もしたみたいだが、近年は良好な関係にあり、神聖リヒトの有力者の娘がオダ家に嫁いできたこともあるから、そこと戦争というのはにわかには信じ難い。


「いや、防衛戦ですね。最近、北の国境沿いで神聖リヒトと小競り合いが続いていたんですけど、向こうの領内にいる協力者から連絡があって、比較的大きなロスツェスティという町から国境にほど近いウスキーウーテスという町へ向けて300人位の兵士が移動しているそうなんですよ」


「300人って多いんですか?」


「侵攻にしては兵士が少なすぎるので、物資の略奪狙いでしょうかね。国境に一応の砦はあるんですけど、とりあえずの規模のもので兵士も100人前後しかいないので、300人だと突破されてしまう可能性があります。いずれにしても向こうが300人も国境近くに集めるとなると、こちらもどんな狙いでも対応できるように600人くらいはいないといけないというわけで、取り急ぎで傭兵組合に第1陣の協力要請が来たんです」


「実際に戦争にならなそうな場合でも協力要請があるんですね。勉強になります」


「そうですね。……おっと、話過ぎてしまいました。この件は秘密でお願いしますよ。それでは忙しいのでこの辺で」


「あ、すみません。ありがとうございました」


 お礼を言ってそそくさとその場を離れ、遠巻きに観察することにした。

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