第14話 ボク⑭

 ボクがツチダに赴任する少し前のことだ。

 またもや伯父がとても険しい表情で、お前にツチダ周辺を管理させるにあたって覚えて貰いたいことがある、と話を切り出してきた。


「国内であまり公にされていないことなんだがな、最近、奇妙な動物が発見されることが増えていてな、もしツチダ周辺で奇妙な動物の報告があったらその都度、俺に報告してくれ」


「分かりました。ところで伯父上、その……、奇妙な動物というのはどのようなものなんでしょうか?」


「そう……だな。そいつは鹿や猪に見えるんだが、体が大きいんだ。ひとまわり、とまではいかないが一目で分かるくらい大きくて力も強いらしい。それからクサい」


「クサい……ですか」


「そうだ。尋常じゃなくクサいらしい。あとは解体しないと分からないが、丸い綺麗な石のようなものが体の中にある」


「丸い石……。草食動物が消化用に飲み込む石ではないのですか?」


「それは違うと断言できる。なぜならその石には決まって神紋があるからだ」


「6柱神の神紋ですか?」


「そうだ」


「それは不思議な動物ですね。神の使徒ではないでしょうか?」


「そうだな。確かにそういう考え方も出来るが、残念ながら他の動物よりも凶暴だそうだ。神の使徒が凶暴であるというのは、俺には納得できないな」


「そうですね。得心いたしました。ではツチダの周辺で奇妙な動物を見つけたら、どのような些細なことでも報告いたします」


「うむ。よろしく頼む」



「という会話があったとか無かったとか」


「急にどうしたんですか? 坊ちゃん」


「いや、何でもないよ。それよりも目の前のこれなんだけど、伯父上に報告するように言われてた生き物だよね」


「はい、わたくしめもそのように存じます」


 3月に赴任してから7か月、代官の仕事にも少しずつ慣れて秋になった頃、猟師が奇妙な生き物を仕留めたということで、町長経由でボクに連絡が入り、町長、執事、スヴァンを連れて見に来たわけだ。


 それは町の外、形ばかりの北門のすぐ近くで荷台に乗せられていた。見た目は完全に鹿だと思うのだが、大きさ以外にもどこか違和感がある。内臓は既に処理されているようだ。


「これを仕留めた猟師はどこだい?」


「はい、ここに」


 ボクが聞くと体格の良い白髪の男が前に出てきた。


「詳しく話を聞きたいんだが、大丈夫かな?」


「大丈夫でございます」


「あ、その前に画家がいたら連れてきてこれの絵を描くようにお願いしてくれないかな。画家が居なければ絵の上手な者でも良い」


 と、執事に命じると、かしこまりました、と返事をして町の中へ戻っていった。


 ボクは猟師に向き直って話を続ける。


「この鹿はどこで見つけたんだい?」


「はい、街道を北に行きますと、じきに左手に森がありまして、そこに仕掛けておいた罠に捕まっておりました」


「矢で射られたような痕が沢山あるけど、これはどうして?」


「確かに矢を沢山射かけました。罠にかかっている動物は迂闊に近づくと大怪我をすることが多いので、矢で急所を打ち抜くか、矢で弱らせてから鉈や斧でとどめを刺すんです。ところが、この鹿はいくら矢が刺さっても全く弱る気配が見えず、手持ちの矢を使い果たしてしまいました」


「とどめはどんな武器で?」


「大暴れして疲れてきたところを、この鉈でこいつの首の頸動脈の辺りを思い切り斬りつけました。1回でとどめが刺せたので拍子抜けしてしまいました」


 話を聞いているうちに執事が絵を描ける者を連れてきて、描かせ始めている。


「ところで、こいつの内臓を処理したときに、何か変わったことはなかったかな? 例えば丸い石が出てきたとか、どんな些細なことでも良いんだけど」


「ええ、はい、確かに丸い石が出てきました。綺麗だったので袋に入れてあります」


 そう言うと猟師は腰袋から青くて丸い石を取り出して見せてくれた。


「これには確かに水滴のようなギューテ神の神紋があるな。これも絵で残しておきたいから少し借りるけど構わないかな?」


「ええ、勿論ですとも」


「ありがとう。ではこの丸い石の絵もよろしく頼む。終わったらこちらの猟師に返してくれ」


 猟師に礼を言ってから執事と画家に指示し、猟師に質問を続ける。


「ところでこのような生き物はとてもクサいと聞いていたのだが、今はそれほどでも無いな。においはどうだった?」


「においは強烈でした。普通の鹿のにおいに何か腐ったものを混ぜたような感じでした。ただ、内臓を取ったらかなりマシになりましたよ」


「ふむ、そうすると内臓にクサい原因があるのかな……」


「あ、変わったことと言えば血がおかしかったような」


「血?」


「はい、血です。仕留めた後にすぐに血抜きをするんですが、ともかく血が硬くて流れないので、他の動物よりもかなり時間がかかりました」


「血が硬いというのがよく分からないな。例えるとどんな感じかな?」


「えーと、そうですね。普通の血を井戸や川の水とすると、こいつの血はヘドロのようなものですかね」


「ふーむ、それは初めて聞いたな。ところでこいつみたいな動物を見つけたのは初めてかな?」


「俺は初めてですが、猟師仲間からは、去年あたり1回だけ聞いたことがありますな」


「そうか、分かった。ありがとう。こいつは代官所で買い取るから、今日は石を受け取って帰ってくれ。代金は後日届けさせよう。それからあの石は見せびらかさないようにしてくれ」


「こんな気味の悪いのは誰も買ってくれないから助かります。ありがとうございます。ありがとうございます」


 そう言って猟師は何度も頭を下げて礼を言い、執事から石を受け取った後、町の中に消えていった。


「ところで町長もこいつを見るのは初めてかい?」


「私も初めて見ますな。閣下から聞いてはおりましたが、先ほどの猟師の話でますます気味が悪くなりました」


 町長は大袈裟に身震いしながらそう答えた。


「スヴァンも初めてかい?」


「ええ、オレも初めて見ます」


「どう思う?」


「うーん、さっきの猟師の話だと矢で仕留められないみたいですから、しっかりと武装した兵士が対応するのが良いんじゃないですかね。出来るだけ近い距離で鉄砲を確実に急所に当てるか、難しいようだったらそれこそ槍とかハルバードで距離を取りながら肉を斬っていくか」


「うん、そうだね、ボクもそれが良いと思う。では、町長」


「はい」


「奇妙な動物を見かけたら攻撃や挑発をせずに、すぐに衛兵に通報するよう、住民に布告してください」


「はい、畏まりました」


 町長は恭しく頭を下げて足早に去っていった。


 執事には近隣の農村への対応、伯父への報告、そして衛兵長と対策を練るよう指示した。


 気味は悪いが、数は少ない。この町の衛兵で対処できないことはないだろう。


 それにしてもあの丸い石は気になる。

 誰かが作って動物の中に入れているんだろうか。

 丸い石を入れたら体が大きくなるとか、クサくなるとか、血が硬くなるものなのだろうか。

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