その後の話
「少し、荒唐無稽すぎないかしら?」
ディアナ様が苦笑いしながらそう言ったのに、僕もまた苦笑いを返した。ざらりとした手触りの紙で作られたそれは、大衆向けの劇団の新作公演の脚本だった。僕がイフナース――ディアナ様に結婚祝いとして贈った新作を元にしているが、劇団長曰く「より大衆受けがするように」かなり脚色されている。
「わたしもそう言ったんですよ。全然違う話だと」
「話し合って、僕は原案ということにしたんだ」
王太子殿下とディアナ様の婚姻から一年、僕が贈った新作は侯爵の出版社から小説として出版され、王太子妃の愛読書ということもあって僕の作品の中で一、二を争うほど話題になり販売部数を伸ばしていた。王太子妃の愛読書という肩書はこの国の様々な劇団にも魅力的に映ったらしく、舞台化の話も多くあり、妻や侯爵と相談していくつかの劇団に許可を出した。
今日ディアナ様に持ってきた脚本はその中の一つだ。この劇団はこの作品を書くために仕事を延期してもらった恩のある劇団で、その時の仕事は別の脚本――これは僕が書いた脚本だ――を仕上げて終わっている。
王太子殿下の離宮の庭園で、僕と妻はディアナ様と茶会を開いていた。ディアナ様は今、気軽に外出できないのもあって当然劇場に観劇にも行けない。それなりに格式のある劇団ならこの離宮に呼べるのだろうが、大衆向けの劇団はとても呼ぶことはできないだろう。
王太子殿下は執務があるためこの場にはいない。僕らとディアナ様が気兼ねなく話せるように気を遣ってくれたのかもしれない。殿下はこの一年ほどで僕らを友人のように接してくれるようになっていた。恐れ多いが、嬉しさもある。
「最初はもっと過激な内容だったんだ。そういうのが受けると言われて……さすがにそれは反対しだけれど」
「刺激を求めるのは誰でも同じ――ゴシップ誌がよく売れるのも同じ理由ね」
妻があきれた口調でそう言ってお茶をひと口飲んだ。
「新作の話はないの?」
ディアナ様がたずねた。
「いろいろと考えているけど、これと言って」
「わたしは童話がいいと言っているの」
「童話?」
「童話なんて……今まで書いたものと違いすぎて難しいよ」
「でも素敵ね。いいと思うわ」
「そうでしょう? わたしやディアナ様のためにも書くべきよ」
つんとあごを上げる妻は可愛らしいが、二人が協力すると僕には非常に厄介だ。
「イフナースは僕の味方じゃないのか?」
「味方だけれど、あなたの書いた童話は読んでみたいもの」
「そうでしょう?」と言いながら、ディアナ様は少し膨らんできた腹部を撫でた。そこには王太子殿下との子どもがすくすくと育っている。それに――僕は妻を見たが、妻もディアナ様と同じ顔をしていた。それに妻のおなかの中にも僕らの子どもがいる。
「わかったよ」
僕は両手をあげた。
「二人に言われたら敵わないな……」
「当然よ」と言う妻に、ディアナ様は声を立てて笑った。その笑い方は、今でもイフナースと同じものだった。
その物語ができるまで 通木遼平 @papricot_palette
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