第2話 面談四回目

「羽藤柚季さん。第一面接室に入って下さい」


 夜の十九時から六十分、叔母が面接の予約をしたのだが、本人が来院した。麻子が開けたドアから入る時、軽い会釈をしてから着席する。姿勢の良い羽藤の背筋が丸かった。麻子も定位置に腰かける。


「それでは二十時までです。始めましょう」


 麻子は組んだ手をテーブルに置く。主人格の彼に会うのは、三週間ぶりになる。

 先週の面談では、叔母の若木が財布から紙幣を抜き取る甥に深く傷つき、どうするべきかで悩んでいた。


 彼女の中の甥の心像は崩落した。


 ここで言葉にしたことで、彼女はぎょしがたい現実を受け止めた。何かの間違いだと、自分が勘違いしていると、思いたくても思えないところまで来て、吐き出した。

 

 非の打ちどころがないような甥の窃盗に向き合った若木は、何らかの行動に出たのか。それとも現状を静観するに留まったかについては、わからない。

 確証はないけれど、項垂れる羽藤を見る限り、叔母と何かあったようにしか思えない。



「僕、この間、僕が面談を休んだ日に、帰ってきた叔母の財布からお金盗んでるだろうって、言われて……」


 五分ほど経過したのち、か細い声で途切れ途切れに打ち明ける。

 実直で裏表のない若木のことだ。不正を不正のままに出来るはずがないことは、わかっていた。

 

「でも、僕。そんなこと、してません」


 テーブルの下で両膝をぎゅっと握る気配がした。そびやかした肩が冤罪えんざいだと訴える。


「だけど、本当はしたのかどうなのか、わかりません。してないと思っているだけで、記憶がないうちに、してるのかもしれなくて」

「最近も、記憶をなくすことがありますか?」


「……あります」


「話せる範囲で構いませんので、例えば、どういった」


「いつもの時間に登校したのに、学校にいないから。担任から叔母の携帯に連絡があったんです。叔母がGPSで僕の居場所をたどったら、僕。知らない男の人と一緒に寝てたんです。すごいチャイムを鳴らされて、目が覚めて。そしたら二人とも裸でベッドに……いたんです」


 答えた羽藤の下唇が震え出す。堪えきれない涙が、頬に幾筋も流れ落ち、はなをすすり、右手の拳を口元に押し当てる。麻子は席を立ち、壁際のスチール棚から、ティッシュボックスを持ち帰る。


「良かったら、使って下さい」

「……ありがとうございます」


 羽藤は右手でティッシュを引き抜いた。少しの間、無防備になった羽藤の人差し指に、過食して吐く摂食障害者特有の吐きダコがあるのが見えた。

 一度、洟をかむ。そしてまた、右手で三、四枚取り、涙を拭く。

 麻子は羽藤の手の動きに視線を据えつつ、黙っていた。


 けれども今は、それに触れるべき時じゃない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る