第9話 密談のあと 

 カウンセリングの合間には、インテークを引き受けたり、カルテを作り、次回の方針を明確にする時間に費やす。

 麻子は今日の面談にのみ集中した。

 診察室から畑中は出て来ない。デスクの端に寄せたお茶に一瞥をくれ、壁掛け時計に目をやった。


「畑中さん。もうすぐ受付開始時間になるのに」


 三谷も不安と不満が入り交ざる声を出す。

 畑中が欠勤、または遅延や早退すれば、三谷が代わりに受付に立つ。

 その声に呼び返されたかのように、畑中が診察室から姿を見せた。室内に向けて一礼し、ドアを閉じる。


「すみません。時間がかかってしまって」


 満面の笑みを浮かべて謝る。

 手にした盆には駒井が飲んだ湯飲みがひとつ。畑中は三谷と麻子のデスクからも湯飲みを回収していく。最後に口をつけた形跡のない麻子の湯飲みを一瞥した。


 それを盆に乗せた畑中に、麻子はパソコンの液晶画面を見つめたまま、「ありがとうございます」と、口先だけで礼を言う。麻子は、畑中が内心鼻で笑う気配を感じ取る。


 パソコンの下部の時計に目をやると、間もなく開院の十時になる。

 畑中は給湯室のシンク近くに湯飲みを乗せた盆を置き、そそくさと事務室を後にする。診察室から出てきた駒井に、三谷と麻子が顔を向け、目顔で訊ねる。何を話し合ったのか。


「三谷さん。畑中さんは一月末で退職したいそうだから、畑中さんと話し合って手続き進めて」


 いきなり答えた駒井のポーカーフェイスから、何の感情も読み取れない。単に事務的な問題だとしか捉えていないかのようだ。


「今月末って、急にどうしたんですか?」

「それは畑中さんのプライバシー。退職手続きにプライバシーはいらないよ」


 珍しく尖った声で言う。その剣は誰に向けたものなのか。心療内科に在籍しながら、プライバシーに踏み込んだ、三谷に対する警告なのか。畑中に向けられたものならば、何を聞かされたのだろう。


「三谷さんには同時進行で、申し訳ない。受付の求人募集も始めて」


 と、口早に言いつける。

 

 前例通りに進めるのなら、受付は、正社員でもパートでも構わない。

 ただし、夜間診療は二十時まで受けつける。夜でも出勤可能であることが条件だ。

 

「とりあえず求人の方を優先してくれ。詳しい条件や待遇は、このあと話し合いたいんだけれど、時間ある?」

「はい、大丈夫です」

「じゃあ、院長室の方で」


 と、言いながらきびすを返した背中が息巻く。怒っている。


 

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