第8話 思惑は

 平然と朝のお茶を出し終えたあと、畑中は最後に診察室へと持っていく。普段はそのまま戻ってくるのに、畑中が診察室のドアを閉めた。


 閉じられる間際に畑中は会釈をしてきたが、相手を飲んでかかるような目つきに心を乱される。麻子はデスクに置かれた湯飲みを見つめる。もう湯気は立っていなかった。

 それをデスクの端へ寄せ、麻子は事務用椅子に腰かけた。

 三谷も怪訝そうな顔をして、診察室のドアを見る。けれどもすぐにパソコン操作を再開した。

 これといって話題にもせず、麻子もデスクでパソコン画面を立ち上げた。


 今日の面談の予約を受けた、クライアントのカルテを確認。

 午前中は十一時から十二時までの六十分。女性で二十代の躁鬱患者だ。直近ちょっきんの面談では、鬱傾向が進行していた。九か月の乳児がいるが、実家の家族とも義理の家族とも自ら距離を取っている。


 乳児の面倒をみれくれと、頼めるような関係ではない。


 かといって、夫は育児にも無関心。家事にも一切手を貸さない。乳児と初産の母親が孤立している状況だ。

 よくあるケースと言ってしまえば、それまでなのだが、人間はもっと複雑だ。



 午後は十九時から二十時までの六十分。三十代の男性だ。

 十代からアルコール中毒に陥った依存症。既婚者で有名企業の会社員。妻もキャリアウーマンだ。小学生の子供がいるため、「夫がいつ働けなくなってもいいように」仕事を辞めずに子育てしながら家庭を支え続けている。


 だが、それもまた、良し悪しだ。


 悪く転べば、依存できる相手がいるから依存度が増長する。


 今回のクライアントは、悪い方へと転んだケースだ。


 一人息子に対する母親の過干渉に嫌気がさしていながらも、反発できない少年期を過ごしてきた。強制的に通わされる塾。文武両道を目指した母は、部活はスポーツ以外は許さずにいた。

 母親が推奨したのは、野球かサッカーかバスケット。

 見栄えが良くて、それでいてスタメン入りのマウントが取れるスポーツを好んだようだ。自分の息子はベンチ入りなどしないと決めてかかっていた。


 そのうえ美男子。


 母親は、冴えない夫に見切りをつけて、自分の息子と精神的な近親姦を犯していた。息子は子供でいられた時期がない。母親に異性としての目を向けられる恐怖に怯え、酒に逃げた。もちろん母には知られずに。


 カルテを読むと、多くの病症の根源は、関係性だと知らされる。

 それなら自分は? 圭吾は? 畑中は?



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