第7話 いびつな関係

 けれども今は、お茶の入れ方ぐらいだろう。畑中に言い返せるのは。

 だから麻子は受け入れた。

 静かに怒れば怒るほど、やりきれなさだけ深まった。


「それから時々、圭吾さんから電話があって……」


 畑中は三つの湯飲みを茶卓に乗せた。それをさらに盆に乗せ、麻子の顔を上目遣いにじっと見る。唇には刀の反りにも似たような、不遜ふそんな笑みを湛えていた。


「だから、誤解しないで下さいね。いつも長澤先生のことで電話させてもらっているから、お礼に食事にでもって言ったのは、圭吾さんの方ですよ」


 豊満な胸をぐんと開いた畑中は、顎を突き上げ、見下すように伏し目になる。


「いつも放置されていて、ラインも既読にならないし。俺、本当に彼氏って思われてるのか、わからないって悩んでたんです。圭吾さんと長澤先生、十二月頃まで同棲もしてたんですよね? なのに、疲れてるアピールすごくって、セックスレスって、どうなんだって、怒ってましたよ。さすがに、ですよね。俺なんて彼氏じゃないって、私の部屋に来るたびに、ぼやいてたんです。かわいそうに」


「それを、あなたが慰めてたの?」

「そうですよ。もちろんじゃないですか。私、圭吾さんの彼女だし」


 彼氏彼女の単語が行き交う。

 まるで昨年、カウンセリングを中断させた南野尚美を思い出す。

 狭い人間関係のサークルで、南野は、サークル仲間の既婚女性に彼を奪われ、鬱状態になったものの、彼女が二十代に不倫をしていた既婚の男とよりを戻し、幸せそうにクリニックを後にした。


 「それじゃ、私。お茶、出しますね。冷めちゃいますから」


 盆を持った畑中が給湯室を出られるように退いたのは、麻子の方だ。冷めかけた頃が飲み頃だったはずだから、ちょうどいいじゃんなどという、けんにもやりにもならないような、陳腐ちんぷな皮肉が浮かぶだけ。

 

 けれども、いつしか圭吾にとっては畑中だけが、愚痴や不満を吐き出せる、心を許せる女性になっていたのか。

 自分の前ではいつも笑顔で寛容で、頼りがいのある人で、器が大きい。

 だから甘えていられたのだろう。


 それがいつしか搾取さくしゅする側、される側の関係になっていた。


 音信不通のままなのは、畑中陽子に乗り換えることにしたからなのか。ほんとうに。病的なまでの虚言癖の捏造ねつぞうは、あなどれない。

 体の関係はあったとしても、結婚までするつもりでいるのかどうかは、わからない。

 畑中が、圭吾の実家に行ったという証拠はないのだ。


 それらしく見せるため、野沢菜などの土産物など用意して、牽制けんせいしているだけかもしれない。

 それを職場で実行するほど、常軌を逸した者もいる。


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