第4話 サバイバー(survivor)

 正月の三が日は下関の実家で過ごし、四日に東京に戻って来た。

 圭吾とはいつもそうしていた。

 これまで三が日は互いに実家で過ごしてから、四日か五日に二人で東京の浅草寺せんそうじ詣出もうでていた。


 自宅のマンションに着いたのは午後の四時頃。

 キャリーバッグから着替えや本など、出して片付け、ひと息ついてソファに座る。圭吾は戻っているのだろうか。東京に。

 今は、それすら知るすべもなくなった。圭吾のことを思うたび、語尾が過去形になっている。携帯は、いつどこで鳴っても出られるように持ち歩く。


 まるで依存症のようだった。 

 こんなにも圭吾に依存している自分に初めて気がついた。


 長い付き合い、ケンカがなかった訳ではない。それでも大概、圭吾から折れてくれていたからこそ、別れずに済んだいたのだ。これまでは。


 郵便受けから年賀状だけ出してきた。

 圭吾とは元旦に『あけおめ』電話を必ずするので、年賀状は互いに出し合ってこなかった。もしかしたらと、年賀状のおもてだけ見る。名前だけ見る。心臓が不穏に高鳴る。バクバク音を立てている。

 

 最後の一枚を繰った時、押し寄せたのは絶望だ。

 期待と恐れが入り混じる緊張の糸がぷつりと切れた。盛大な溜息とともに、背もたれにぐったり寄りかかる。右手から年賀状が滑り落ち、ラグマット敷の床に散らばる。


 年賀状すらもらえない。

 このまま切れてしまうのか。


 結婚したら義理の父と母になる人に、臨床心理士の嫁などリスクの爆弾を抱え込むのと同じだと、思われているのなら、自分の言葉で自分の仕事を堂々と語るべきだった。


 想像を絶する過酷な環境下で生き抜いた、または生き延びているクライアントは、サバイバー。

 敬意を表するべき存在。

 通院するのは、その逆境を過去にして、自分を構築し直すための戦いに挑むため。


 そして、クライアントに生き残るだけで終わらせないと思っていること。

 その先にある人生を、虐待の影で曇らせないこと。

 そこに辿りついてこそのサバイブ(surive)だ。アライヴ(alive)だ。


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