第4話 あなたはいらない
面談は、いつも元彼と略奪女の動向を探り、それを麻子に聞かせる恩讐にも似た感情を、六十分の制限時間ギリギリまで話し続けた。やつれた顔で。
だが、今日はこれまでになく上機嫌でやって来た。理由はすぐに聞かされた。
新しい彼ができたのだ。
「二十代の初め頃に仕事の関係で知り合った人なんです。彼、その時はもう結婚してたんですけどね」
十年ほど前、その彼は地方に住んでいて、上京するたび彼女と逢瀬を重ねていた。不倫相手からの連絡が、途絶えがちになるに従い、自然消滅的に別れていた。
その彼から十年ぶりに、突然連絡があったのだ。
今は毎日のように会っている。
彼は相変わらずの既婚者なのだが、気にする素振りは見せていない。むしろ、彼について語るほど、南野の目には生気が宿る。
既婚女性との不倫に走った元カレと、既婚男性との不倫に走ったクライアント。
人の話は支離滅裂なようでいて、必ずどこかで合致する。
南野に第一子を妊娠している最中に離婚して、夫とは音信不通になっている。
けれどもそんな話は真に受けない。麻子は内心思っている。元夫とも体の関係はあるはずだ。
麻子は彼女の生き方について、善悪の判断を持ち込むことなく傾聴した。
それが彼女の選択だからだ。
南野が既婚者と不倫関係にあることを、隠すことなく語るのは、不倫の不安があるからだ。
それは不貞行為に対する裁判を、男の妻に起こされた時の金銭的な不安ではない。彼がまた、いつかは離れてしまうことへの恐怖に近い不安感。
「あの、えっと。私、来週は仕事が立て込んでるので、来週のカウンセリングはお休みさせて頂いていいですか?」
面接室を出る直前に振り返り、南野は麻子に断定的な口調で訊ねた。
麻子は一瞬胸を衝かれたようになる。新しい依存相手を見つけた彼女は、カウンセラーを要しない。
「わかりました。では来週以降の面談のご予約は、ご都合が決まり次第連絡下さい」
「はい。すみません。お電話させて頂きます」
彼女は麻子を真顔でまっすぐ見つめて微笑む。このまま足が遠のくのだろう。
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