第3話 南野尚美

「それでは次回のご連絡、お待ちしてます」

 

 麻子は駒井こまいクリニックの面接室で、南野尚美みなみのなおみの面談を終えた後、出入り口まで見送った。

 南野尚美は四十八歳。

 背が低く、肩も腕も華奢なのに、臀部や胸は肉感的に張り出した、セクシーな体型だ。

 歩幅が狭く、ちょこまかと歩く。早足でもある。

 ショートカットの黒髪に白いものが混ざってなければ、少女のようにも、それでいて、老婆のようにも見える気がした。


 南野は八年近く交際していた同年代の男性と別れたばかりだ。

 きっかけは、彼に新しい女性ができたから。

 元カレとの交際中、南野は彼の友人達との交流も楽しんだ。BBCにドライブなど、遊び仲間の一人の女性が、彼の新しい交際相手だ。


 だが、新しい彼女は既婚者だ。

 元カレは、今は独身者。だから不倫関係になるわけだ。



 南野は、看護師の仕事の合間に元カレの自宅にも通い、元カレの家の家事全般もこなしていた。

 彼との旅行に彼の母まで同行させていたと言う。「母親だけを置いて行くのは忍びない」などと、親孝行なのかマザコンなのか、どちらとも取れるような彼の主張に、文句も言わずに従った。


 八年もの間、まるで通い妻か何かのように献身的に尽くした挙句に、彼は独身者の自分ではなく、既婚女性に乗り換えた。結婚の意思はなかったという、南野に対する宣告でもある。



 直後から感情の処理が追いつかなくなり、不眠と情緒不安定を主訴しゅそとして来院した。

 睡眠薬や鎮静剤などの薬剤と共に、カウンセリングを希望した。

 

 

 誰かに聞いて欲しいのだと言う。

 カウンセラーの麻子に向けて、小鹿のような円らな目をして、潤ませて。


 南野はいつも化粧気がなく、服装も毛玉のついたフリースにジーンズという軽装だ。

 化粧を要しないほど整った顔立ちは、裸になった時にこそ威力を発する強力な武器。彼女は自分を戦略的に用いるすべに、長けている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る