第7話 面談二回目

「私、最初この子には『時々記憶がなくなるみたいで怖いから、病院に行きたい』って言われたんですよ」

 

 面接室の中央に置かれたテーブルに向かい、出入り口を背にして座る羽藤の叔母が、困惑と焦燥を隠せない口調で麻子に告げた。

 麻子は彼女の右斜め上の対角の位置に、羽藤は彼女の左隣に俯きがちに座っている。インテークの際、羽藤が死因を濁らせた、実母の妹。


 キーパーソンだ。

 

 だが、羽藤の叔母は、羽藤の血縁者であることを疑わせるほど似ていない。

 三十代前半で中肉中背。

 エラの張ったゴツゴツした顔に、黒髪のおかっぱ頭。フレームの細い、銀縁の眼鏡をかけている。

 化粧は控えめ。眉を整え、ベージュのリップで唇に艶を与えているのみだ。

 

 ただ、色白で肌理きめ細やかな美しい肌は、羽藤と同じく清潔感があり、知性的な印象だ。

 クリーム色のアンサンブルニットはカシミヤだろう。

 アクセサリーは一粒ダイヤのピアスのみ。背筋が真っすぐに伸びていて、品の良い佇まいや所作は、羽藤に通じるものがある。

 

 そして彼女はテレビドラマや映画では、主役を演じる美人女優をいびり倒すお局OL、結婚できない売れ残り、噂やゴシップ好きの底意地の悪いママ友など演じさせたら、右に出る者はいないといわれる個性派女優だ。


 テレビドラマはほとんど観ない麻子でさえも、『鷲田聡子わしださとこ』の芸名と顔だけは知っていた。


 その鷲田聡子が実の叔母だったのかと、麻子は内心驚いた。

 

 だからといって、ここにいるのは『鷲田聡子』ではなく、彼女の本名だという若木美和わかぎみわ。面接室では女優だろうが政治家だろうが、肩書きは、ただの職業だ。



「だから、私も本当に驚いちゃって。時々記憶がなくなるって、どういうことよって、この子にも聞いたんですけど」

 

 若木は左隣に座る甥に一瞥をくれ、感極まって泣き出した彼女は右手に握ったハンカチで、鼻の下を押さえている。羽藤はといえば、伏し目がちに、ずっと口をつぐんでいる。

 出来れば、羽藤と話がしたいと思いつつ、気が高ぶった若木の弾丸トークは止まらない。


「そうしたら、もう、十歳ぐらいから、ずっとそうだったって言うじゃないですか。脳に腫瘍があったりすると、そうなることもあるって聞いて、急いで病院連れてったんです。だけど、CTスキャンでもレントゲンでも何にも問題なかったんです。だったら、心療内科に受診したらどうかって、脳神経科の先生に勧めて頂いて……」

 

 言われた通り、若木は十代の青少年の診療も行う心療内科を探し始めた。

 すると、羽藤自身が『ネットで見たら、このクリニックが評判いいって書いてあった』と、若木に告げてきたそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る