第6話 星の配置

 ただ、羽藤があんなに抵抗を示した通院を、よく保護者の叔母にする気になったと、麻子は少なからず驚いた。

 事務室で駒井と言い合う間に、羽藤の第一回目のカウンセリングの開始時間が迫っていた。麻子はロッカーから白衣を出して腕を通し、ボタンを閉じつつ決意する。

 


 出会うべき時に、出会うべき者が出会うようにできている。


 カウンセラーを続けていると、そうとしか思えない必然が重なることが多々あった。


 偶然、来たるべき時に来たるべきものが現れて、カウンセリングの意味ある布置ふちが完成する。心理学者のユングはそれを、星の配置と名付けている。

 そういう天の采配さいはいがあるからこそ、クライアントは自らの過酷な体験を過去のものとして立ち上がり、再生の道を歩き出す。



 今日のカウンセリングも、羽藤が踏み出した再生への第一歩であると同時に、カウンセリングを引き受ける、自分に対する天の采配なのだろう。

 自分は羽藤の星の配置のひとつになる。

 そして同時に、羽藤も自分にとって欠かせない、星の配置の鱗片になるはずだ。

 


 それでも、白衣の前を留める指が凍えたように強張って、ボタンが穴に通らない。

 羽藤の記憶は、引っ越しを決意させた怪奇に直結するからだ。

 そんな自分に内心舌打ちをくれながら、ようやく前を閉じた麻子は、ロッカーの扉を慌ただしく閉め、羽藤と彼の叔母が待っている面接室へと足を向けた。

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