第4話 適任者 

「お願いするクライアントは、一週間ぐらい前に長澤さんにインテーク取ってもらった羽藤柚季さん。心療内科の通院歴も、カウンセリングの経験もなくて、未成年だから。初回のカウンセリングは保護者同伴で、ってことになったんだけれど。次回からは羽藤さん一人でカウンセリングを続けるのか、保護者同伴でするのかは今日、三人で相談をして決めるようにね。でも僕は、羽藤さんのカウンセリングは、長澤さんに続けてもらおうと思ってる」

 

 駒井こまいは揺るぎのない口調で明言した。それは、たまたま予定が空いていたからなどという、偶然などではないことを、駒井の決然とした眼差しが語っていた。


「でも、どうして私に……」


 麻子は伏し目になって呟いた。クリニックには、自分よりもキャリアのある契約社員の年配カウンセラーもいるからだ。


「だって、もし羽藤さんが解離性人格障害かいりせいじんかくしょうがいだとしたら、うちのクリニックで解離性人格障害のカウンセリングの経験あるの、長澤さんだけだしさ」

 

 なだめるように目を細め、駒井が薄く微笑んだ。

 一般には多重人格として知られるこの症状は、アメリカのように、成長過程で揺るぎない『自己』の形成が求められる社会での、症例が多く見られる。


 だが、相手が会社の上司なのか、ママ友なのか、姑なのか。夫なのか、学生時代からの親友なのか等々で、対応もアイデンティティも、ガラリと変える日本人は、生まれながらにして『多重人格』的であるといえるだろう。

 

 そのため、日本での解離性人格障害の発症率は、欧米諸国に比べると、格段に低いとされている。

 だから、発症したクライアントのカウンセリングを日本で受け負う機会も、多くはない。その多くはない経験が、麻子にはある。


「でも、私は……」


 と、麻子は動揺を露わにした。

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