第3話 必然の偶然

 そして、そこに書き止められた主訴を目で追う内に、鼓動が異様に高ぶって、息苦しくさえなっていた。

 

 自分で買った覚えのない、菓子やジュースのレシートが、財布の中に入っている。

 面識のない女性とホテルに行った、口説かれたなどと言い寄られる。

 または友人に言いがかりをつけ、ケンカを売ったと、後日友人達から詰め寄られている。

 

 あの日、インテークで羽藤が語った記憶の混濁。

 身に覚えのない自分の言動。

 羽藤に出会ったその夜に、起こった怪奇は、羽藤が体験したものだ。愕然がくぜんとして目を上げた麻子は、唇だけを喘がせる。

 


 けれども羽藤は、盗めるはずのないものまで、盗まれたことはあったのか。

 

 カウンセリングの現場では、カウンセラーとクライアントの間に確固たる信頼関係が確立され、共時性が高まると共に、カウンセラーとクライアントが同時期に、偶然身内を失くしたり、恋人と呼べる相手に出会ったり、または同じ夢を見たりするなど、シンクロニシティが頻繁に派生する。

 

 怪奇の正体。それはシンクロニシティだったのか?



 麻子は羽藤とのカウンセリングは、既に自分の預かり知らないところで始められていたのだと、おこりのような震えが断続的に足元から這い上るのを感じていた。

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