第三章 シンクロニシティ

第1話 つきまとう影 

 麻子はあの忌まわしい日の夜のうちに、念のため、金融機関のカード会社に使用停止の連絡は入れていた。

 盗まれてはいなかったものの、万が一侵入犯によってそれらが使用され、身に覚えのない買い物の支払い請求をされた場合、警察に提出した被害届が免責に功を奏するからだ。

 

 他にも、これから提出しなければならない書類は、違法侵入を訴える届け出書、実印の使用停止届もある。実印も盗まれてはいなかったものの、物騒なご時世だ。自分の想像もつかない形で、悪用されないとも限らない。


 だから市役所に届け出をした実印は破棄して作り直し、新しい実印による改印手続きを行わなけれなならなかった。

 

 大通り添いの不動産屋まで来て、ショーウィンドウに貼られた空き部屋のちらしの前に立ち、麻子は深々と息を吐く。


 あの日以来、圭吾のマンションで同棲している。


 だから家には必要な物を取りに帰る時以外、足を踏み入れていなかった。

 マンションの玄関の鍵も交換したが、犯人の侵入経路も判明していないのに、とてもじゃないが、戻る気にはなれずにいる。


 だが、引っ越したところで、それで安心できるのか。

 麻子は不動産屋の表に貼られた一LDKの間取り図を、険しい顔で睨みつけた。



 今もこうして脅威を与え続ける存在は、鍵のかかった整体院から麻子の財布だけを抜き出して買い物を済ませると、バッグに戻すことができる。

 まるでドアも壁もないかのように。

 

 麻子はもう一度深い息を吐き出して、きびすを返した。

 不安ではあるものの、このまま圭吾の一DKの手狭な部屋に居続ける訳にもいかないだろう。とにかく今のマンションに戻る気がしないなら、引っ越し先を探すしかない。

 

 通り魔に合ったような突然の不運を嘆きつつ、携帯で時間を確認する。


 午後からの診療時間は十六時から。昼休みは、残りあと三十分になっている。

  大通り添いの路地を歩くのは、OLや会社員から学生達に変わっていた。麻子もクリニックがあるビルまで小走りになっていた。


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