第10話 物的証拠がないのなら

 となると、今回のように侵入経路も不確かで、盗難や暴行被害もない場合、被害届を出したとしても、捜査をされることはない。


 つまり、結局は通報者の『気のせい』だったことにされがちだ。

 そんな体験談もネットで調べた。

 そして、麻子はその最悪の結末を、管轄の警察署から、つい昨日受けていた。

 

 電話をしてきた警官によれば、鑑識作業は一応『終了』したのだという。

 その一応の鑑識では、部屋の中から麻子や圭吾、麻子の知人以外の指紋は出なかった。押収された、あの缶ビールからも一切何も。


「犯人は手袋をしていたんでしょうね。計画的犯行だったみたいです」


 電話の相手は他人事ひとごとのように主観で告げた。



「マンションの防犯カメラにも、レシートを発行したコンビニのカメラにも、それらしい人物は映っていません。侵入経路も不明ですし、盗難被害もないようですが、どうされます? 被害届けは出されますか?」

 

 それはまるで「出さないよね?」という、確認のようなニュアンスだ。

 物的証拠がないのなら、被害届を提出しても、犯罪が立証されることはなく、警察も動かない。麻子ははらわたが煮えくり返る思いがした。


「もちろん被害届は出しますよ」


 精一杯の皮肉のつもりで、こちらも「当たり前じゃないですか」というニュアンスを込めて即答する。

 たとえ被害届を受理されようと、捜査してもらえる見込みはゼロに等しい。

 だとしても。



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