第6話 無記入の問診票

 インテークを行った者が、そのクライアントの担当カウンセラーになるとは限らない。麻子のような臨床心理士だけでなく、主に受付や精算業務を行う看護師も、インテークを担当する。

 

 だが、インテークを行った担当者の印象が、患者の当院に対する印象そのものまでをも左右する。

 特に麻子は長身で、目鼻立ちがはっきりしているせいもあり、初対面の人間には『近寄りがたい』『クール』『何でもズケズケ言いそう』など、負の印象を与えやすい。それらの自覚を持っている。

 

 だからメイクは薄くして、ネイルも薄いピンクで血色を良く見せる程度に留めている。特に眉は優しいアーチ形になるように意識して描いているのだが、ロッカーの鏡で確認すると、眉尻が消えて中途半端になっている。いわゆる公家眉。

 麻子はロッカーのバッグから化粧直しのポーチも取り出す。


「インテークの面談は何号室ですか?」

「第一面接室でやってくれる? あと、これ。インテークの問診票」

 

 駒井は麻子にプリントを手渡した。

 片手で眉を描きながら、片手でそれを受け取った。「じゃ、頼むね」と言い残し、事務室と続き部屋になっている診察室へと戻って行く。



 このクリニックでは受付を済ませた初診者に、氏名や住所や年齢などの基本情報、そして「現在、どんなことでお悩みですか?」「それは、いつ頃からですか?」などの来院理由を、問診票に任意で記入してもらっている。

 

 任意であるため、ほとんど記入されない場合もある。


 このクライアントもそちらの方のタイプらしい。名前と携帯番号以外は一切書かれていなかった。氏名欄には仮名手本のような達筆で、羽藤柚希はとうゆずきと、書かれている。

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