えっくすでい
川谷パルテノン
無からの有
引くほど超お金持ちの百五集院家に生まれた一人娘のレイカにはもはや欲しいものなどなかった。毎年この時期になるとパパが「レイカはサンタさんに何をお願いしたのかな?」とかまをかけてくるが結局のところ誰がサンタを担おうと欲しいものがないので答えようもないのだった。
「ペガサス」
別に欲しいわけではなかったが世への憂いとでも言おうかレイカは無理難題を両親にふっかけることでこの因習に終止符を打とうと考えたのである。そしてこれが去年の話であり、レイカの傍にはペガサスが今も健在である。また今年もこの季節が来ると羽根の生えた馬を抱きかかえた血塗れのパパの姿を思い出して吐き気を催した。
「マキちゃん、ごめんね。私は一年経ってもあなたを愛せない」
デウスエクスマキナと名付けて普段はマキちゃんと呼んだペガサスの轡を解き放ち外へと逃した。マキちゃんは粘り気のある唾を吐き散らすと何の未練もなく飛び去った。血塗れのパパが悲しそうに笑う。レイカは雑念を振り払うと食卓に向かった。
「レイカはサンタさんに何をお願いしたのかな?」
来た、と思った。レイカはこの日のために用意した寄越せるもんならやってみろリストから最もヤバめなやつをピックアップした。とはいってもペガサスもそのはずだったのだ。そんじょそこらの無理めではこの親父はやってのけてしまう。更なる再考の結果レイカは一つの回答をはじき出した。
「透明プリン」
そんなものあるわけがない。きっとこれは無理だ。レイカは信じた。透明プリンてなんやと思いながら。これには流石のパパも首を傾げた。この娘を病院にやるべきかという常識的な眼差しさえ携えていた。レイカはいいぞと思った。いいぞ透明プリンもっとやれ! と思った。
百五集院家の朝、七面鳥が鳴き叫んだ。彼らは今夜締められる。そのことよりもよっぽど悲しいのは枕元に置いてあったリボンで結んだ箱の存在だった。莫迦な、まさかそんなわけ。レイカはリボンを解いて箱を開けた。そこにはガラスの器がポツンとあった。よもや、よもやそんなはず、そう思いながらレイカは器の上を指でついた。感触あり。泣いた。バチクソ泣いた。指先を嗅ぐとカラメルの匂いがした。カラメリーゼしていた。備え付けられたスプーンで空を切った。空を切るはずだった。なんかを掬った。口に運んだ。カラメリーゼからのカスターディン!! まっことプリンだった。透明プリンだった。あったんかお前! その様子をドアの向こうでうかがっていたパパが部屋に入ってきた。満面の笑みを浮かべていた。泣いた。またバチクソ泣いた。バチクソ泣きながら唇を噛んで血を垂らし渾身の「ありがとう」を刻んだ。対決は翌年に持ち越された。
今日という日はいつしか特別となり、世界中の人々が雰囲気に酔いしれることを許される。愛と希望に満ち満ちた街は鐘の音にのせて幸福をイルミネイトする。メリークリスマス、誰にも祝福を。メリークリスマス、絶えることのない愛を。
えっくすでい 川谷パルテノン @pefnk
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