17.今では、彼女の隣にいたいと、贅沢なことを望んでいる。
「というわけで、七里さんと距離を縮めたいし、ゆくゆくは告白……的な、そういうアレをしたいと、思ってて……でも、僕はあんまり恋愛とか得意じゃないからさ、自分一人で頑張ったらたぶん間違った方向に突き進んじゃうと思うんだよね。だから色々と、アドバイスみたいなものとかもらえたらと思って」
しどろもどろになりながらも、なんとか考えていることを口に出す。告白的なアレってなんだよ。
「そうかそうか。柾人がねぇ。へぇ~。嬉しいねぇ」
楽しそうな口調で脩平が言う。ニヤニヤしやがって。まあ、想定内だけど。
「なにその親戚のおばちゃんみたいな反応……。真面目に相談してるんだけど」
僕は文句を言う。
「わかってるって。でも、俺も別に、アドバイスなんてできる立場じゃないぞ。あー……ただ、一つだけ言えることがある」
「何?」
僕は期待のまなざしで腕組みをする脩平を見た。その表情には自信があふれている。持つべきものは恋愛強者の友だ。
「考えるな。感じろ。そして、当たって砕けろ」
ドヤァ、という効果音が流れてきそうなくらいの、満面のドヤ顔だった。
「いや、砕けたくないんだけど」
僕は大きめにため息をついた。どうやら、相談する相手を間違えたらしい。
忘れていたけれど、脩平は、ありのまま生きていても女子の方から言い寄られるような人間だった。僕とは違う世界で生きているのだ。どうしてそんなやつが僕と友達なのだろう、と改めて思う。
「ははは。冗談だって。まあ、真面目な話をすると、しっかりと相手のことを見るってのが大切だな。一緒にいることが当たり前になってくると、それが案外難しいんだ。説得力があるだろ?」
脩平は中学のときから付き合っていた
しっかりと相手のことを見る。一緒にいることが当たり前になってくると、それが案外難しい。
それは確かに有益なアドバイスのような気がするけれど……。
「それはなんというか……どっちかっていうと、恋人同士になった後の話のような気がする」
付き合うまでは普通に告ればいけるっしょ、みたいな顔で言われても……。
「そうかもしれないなー。でも、付き合うことが目的になるのはダメだ。大事なものを見失っちまうからな」
核心を突いているように聞こえるけれど、結局、どうすればいいのかはよくわからない。具体性に欠ける助言だった。
「その、大事なものって?」
「大事なものは大事なものだ。それ以上でもそれ以下でもないだろ」
きっと、脩平のアドバイスが下手とか、僕の理解力がないとか、そういうことではなくて、恋というものが難解すぎるのだと思う。僕は途方に暮れた。
「大事なものは大事なもの……ね」
口に出してみても、よくわからなかった。きっとそれは、実体のない、目に見えないものなのだ。
「まあとにかく、俺は応援するし協力もする。親友のためだしな。なんでも遠慮なく言ってくれ」
脩平はそんな感動的な台詞を吐きながら、再び七里さんの方に顔を向けようとする。
「うん。ありがとう。助かるよ。すごく心強い」
僕は慌てて、ぐぐぐ、と、脩平の頭を元の位置に戻しながら言う。
「いやぁ、柾人が恋愛に興味を示したことが嬉しくて嬉しくて。むしろ全力でサポートさせてほしいくらいだ」
「脩平は僕をなんだと思ってたの?」
「んー、仙人?」
「仙人って……」
喜べばいいのか嘆けばいいのか、反応に困るコメントだった。
「おっと、そろそろ授業か。次は数学だっけか?」
時計をチラっと見た脩平は、教科書やノートを机から引っ張り出す。その教科書に、何枚もふせんが貼られているのが目に入った。
「脩平、なんか最近、勉強に気合入ってない? そういえば、課題もちゃんとやってくるようになったよね」
よく僕の解答を写していた脩平が、ここ最近は自力で課題をこなしてくるようになった。何か心境の変化でもあったのだろうか。
「もう二年の夏だしな。部活が忙しいとはいえ、受験も意識してかねぇと」
少し前の彼からは想像もつかない台詞が出てくる。
部活動が休みになるテスト直前こそ、勉強はある程度しっかりやっていたイメージはあったが、普段の予習復習は限界ギリギリまでさぼっていたはずだ。それに、脩平から進路の話はあまり聞いたことがなかった。
「何か悪いものでも食べた?」
「そんな心配そうな目で見るなよ。失礼だな。……ただ、同じ大学に行きたいだけだよ」
「ああ。そういうこと」
誰と、とは尋ねない。珍しく照れている脩平の顔を見れば、僕でもわかる。
脩平が現在交際している女性は、とても頭の良い人だと聞いている。そんなところを好きになったのだとも。隣に並んでも恥ずかしくない人間になりたいと思うのは当然のことだ。
「今の成績だとかなりきついと思う。でも、目指すだけならタダだし」
言い訳するみたいに早口になる脩平がなんだかおかしかった。
「脩平なら大丈夫でしょ」
本心から出た言葉だったけど、口に出してから恥ずかしくなってくる。
「そうか? じゃあ、そういうことにしとくか」
脩平も少しはにかむように笑う。
そこでチャイムが鳴り、授業が始まった。
恋で人は変わる。
きっと、僕も変わったのだろう。
七里さんのことを好きになって、少しずつ、でも確実に、僕は変わってきた。
たぶん、これからも変わっていく。
ただ、好きでいるだけの、叶わないことが前提の恋でいい。
ついこの前まではそんなふうに考えていたのに。
今では、彼女の隣にいたいと、もっと近づきたいと、贅沢なことを望んでいる。
行動することには相変わらず臆病なままだけど、行動した先の自分が楽しみでもあった。
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