12.胸のあたりがちくりと痛んだ。
七里さんと付き合っている人がわかれば、この気持ちも少しは晴れるのではないかと思い、調べてみることにした。
学年中の男子をリストにし、学年集会や合同授業などを利用して、一人ひとり頭上の数字を確認してみた。
けれど、七里さんの交際相手は見つからなかった。三週間を無駄にした。結果として、同学年の男子に彼女がいるかどうかを大方把握することになってしまった。虚無感がすごい。
一年生と三年生、さらには念のため、教師もざっと見てみたけれど、彼らの中にも七里さんの彼氏は見つからなかった。
七里さんと数字だけは同じというパターンも二件ほどあったけれど、彼らには七里さんとは違う、はっきりした交際相手がいた。
僕が見落としていなければ、七里さんの彼氏はこの学校にはいないということになる。
七里さんは部活には入っていないし、何か習い事をしているという話も聞いていない。となると、同じ中学の男子とか、はたまた社会人とか、そういう、僕には把握できないような関係性の人になってくる。
放課後に後をつけてみればわかるのかもしれないが、そんなことをしたら、いよいよ本当にストーカーになってしまう。現時点でもまあまあ怪しいけれど。
別に、七里さんが誰と付き合っていようが、僕には関係ないのだ。だって、僕はただのクラスメイトなのだから。
ただのクラスメイトの僕は、七里さんの頭の上の数字が減っていくのを眺めながら、日々を悶々と過ごすことしかできなかった。
僕の方から七里さんに話しかけることもある。
「お、おはよう。七里さん」
偶然、登校の時間が重なったらしく、下駄箱で七里さんを見つけた僕は、自分から声をかけた。人間とのコミュニケーションが苦手な僕でも、それくらいはできる。胸を張ることではないが。
その日の七里さんの頭の上の数字は26。
六月の中旬になって、気温も湿度も高くなってきていた。
「おお、どうしたんだい、橘田くん」
まるで舞台俳優みたいな言い回しで、爽やかな夏服姿も素敵な七里さんは返事をする。
「あ、その、いい天気だね」
何を話すかなんて考えていなくて、そんなつまらない話題を僕が振ってしまっても、
「イー天気通り越してエフ天気だよ。あっついね~」
七里さんは会話を面白く彩ってくれる。
「暑すぎてゼット天気だね」
「え? ちょっと何言ってるかわからないんだけど」
七里さんは、突然真顔に戻ってそんなことを言う。
「ひどい!」
先に言い出したのは七里さんなのに。
「嘘だよ~。でも本当にあっついね~。この気温って、熱量保存の法則で冬に持ってけないのかな」
それな、と心の中で相槌を打つ。
熱量保存の法則を習った人間なら、誰もが一度は考えたことがあると思う。エネルギー問題の解決にもつながりそうだ。
「そんなことができたらノーベル賞ものだね」
「だね~。そういえばさ、ノーベル賞はあるけど、イエスベル賞はないのはなんでなんだろうね」
「ん? イエスベル賞ならあるよ?」
「え? 本当?」
七里さんは本気で驚いているようで、猫みたいにまん丸になった目で僕を見てくる。当然、僕は目を合わせることなどできやしない。
「いや、嘘だけど」
さっきの仕返しだ。
「嘘なんかーい」
と、ケラケラ笑いながらツッコミを入れてくれる七里さん。
「いつもに増して楽しそうだね。なんかいいことあった?」
彼氏とデートの約束をした、とか。
「んー? 別にいつもと変わらないけどな。毎日がエブリデイでハッピーだよ」
七里さんは花が咲いたような笑顔を見せる。
僕もつい顔がほころんでしまうけれど。
その笑顔を、もっとたくさん見ることができる人が別にいるのだと思うと、胸のあたりがちくりと痛んだ。
六月の終わりに、妹に彼氏ができた。
「ただいま」
「まさ
僕が高校から帰ってくると、
有華は県大会をベスト8というなかなかの好成績で終え、すでにバスケ部を引退している。惜しくも関東大会へは進めなかったらしい。
大会で活躍した有華は、いくつかの私立から声がかかっていたけれど、すべて断った。
行きたい高校があるらしく、今は受験勉強中だ。家での様子を見るに、それなりにしっかりやっているようだった。部活動で培った集中力がしっかりと発揮されている。
彼女の目指している高校は、僕の通う紫桜高校よりも少し偏差値の高い、県内でも有名な難関だ。妹だからといってひいき目に見ているわけではないけど、この調子なら合格するんじゃないかと思う。
「どっか行くの?」
僕は有華に尋ねる。
「ん。別に。図書館に勉強しに行くだけ」
歯切れが悪い。いつになく服装に気合が入っているし、薄く化粧もしているみたいだ。
もしかして、と思い、僕は有華の頭の上に視線をやり、目を凝らす。
そこには378という数字があった。
一年とちょっと。高校に入って毎日のように会えなくなり、破局、という感じだろうか。
「そ。気をつけて」
なんでもないふうを装って、僕はそれだけ告げる。別にシスコンではないので、ショックを受けるわけでもない。
「うん。行ってくるー」
声が弾んでいる。きっと、彼氏に会うのが楽しみなのだろう。
両親にバレるのも時間の問題かな……。微笑ましい気持ちと、ほんのちょっぴり羨ましい気持ちを胸に抱いて、僕は有華の後ろ姿を見送った。
家のドアを開けようとしたとき、レモンが、ワン! と鳴きながら寄って来た。
頭をわしゃわしゃとなでると、嬉しそうにじゃれてくる。暑い。でも可愛いから許す。
「散歩行くか?」
僕が言うと、レモンは嬉しそうに尻尾を振った。
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