象が踏んでも壊れない家

持野キナ子

第1話

 ある貧乏な男が宝くじに当選し、大金を手に入れた。これには石油王も敵わない。当選額を知ったら、悔し泣きするだろう。男の人生は宝くじによって変わり、豪遊生活が始まった。

 しかし彼は、徐々に大金を使うことを寂しく感じるようになった。孤独を感じた彼は、家を購入しようと決心した。両親は既に病死し、家も失くしていたので、形に残る物が欲しいと思ったのだ。

 甘党だった彼は、お菓子の家を建てたいと思った。そのため、腕のいいパティシエを雇いお菓子の家を建てた。全てチョコで出来ているので、甘い芳香が充満している。彼は満足した。しかし数日で家が溶けてしまった。彼はチョコレートの海で泳ぎながら思った。

「考えが甘すぎた」

 次に男は、北国に住み、城にも住んだが、それらは住めば都とはならなかった。北国では雪で家が壊れ、城では幽霊に脅かされた。結局、落ち着く場所は見付からず、田舎へ逃げるように引っ越した。

 田舎の生活は快適だったが、不可解なことがあった。それは時折、揺れと共に大きな足音が聞こえることだった。男が田舎生活を始めて1週間が過ぎた。彼は読書に集中していたので、家が揺れていることに気が付かなかった。

 次の瞬間、天井が崩れ、壁も壊れ家がペシャンコになった。男は目の前にいる生き物を見て驚く。そこには、首輪をつけた小山サイズの巨大象がいた。首輪には花子と書いている。象は壊れた家を食べ尽くすと、遠吠えをあげて走り出した。

 男は8マンのように高速で走り象を追う。象は、隣人の庭園に入ったきり姿を現さなかった。

 男は隣人と会うのは始めてだが、噂は聞いていた。でんじゃらす婆さん。それが隣人の名だった。常に怒っていて、口からは猛毒が含まれる息を吐く、隣国が滅びたのも彼女の仕業とのことだ。

 男は庭園横にある婆さん宅の門を叩く。婆さんが出て来る。見るからに危ない人物が彼の前にいた。

「何故あなたの家は、象を放し飼いにするんですか?」

「象を放し飼い? 私は象なんて飼ってないわ」

「でも象があなたの土地から出てきました。それにあなたの象は我が家を踏みましたよ」

「私の土地から出てきた象が私のペットならば、あなたの家から出た場合はあなたの象じゃないの?」

 男は反論しそうになったが、閉口した。確かに象が彼女のペットという証拠は、何もなかった。せめて1度でも、彼女と象がいる場面を見ていたら……。その時、大地を揺るがすような爆音が聞こえた。それは辺りを飛び交う爆撃機を想起させる。庭園から巨大な象が現れ婆さんに擦り寄る。鼻から滝の如く大量の水を噴き出した。婆さんは水浸しになる。

「私の服が透けるから止めて貰える?」

 象は急に動きを止めた。

「ほら、これで象があなたのペットと証明されたじゃないですか」

「花子はペットじゃないわ。ところで私は象が好きなのよ。だから頻繁に食べたの。でも余りに食べ続けたものだから、私の歯は象牙の義歯になっちゃたのよ」

 婆さんの視線が彷徨う。男はそれを見逃さなかった。

「私は花子だなんて言ってませんよ。何故、知っていたんです? それに象が懐いているだなんて、関係があるのは明白じゃないですか。そもそも法律的に象の放し飼いは問題なのでは?」

 その途端、婆さんは笑い転げた。

「確かに花子はペットよ。でも、それはナンセンスだわ。じゃあ聞くけど、法律の本に、象の放し飼い禁止だなんて記載されてるかしら? 記載されてなければ、それは法律違反じゃないのよ」

 その後、婆さんはアメリカの猫レンジ事件について語り始めた。演説は翌日まで続き、男は反論することが出来ず、その場を後にした。

 彼はすぐに引っ越しの準備を始めた。象が踏んでも壊れない家を建てよう、と決心したのだ。

 男の新たな家は、高層マンションの外壁に作った巨大な巣だった。これなら象が来ても踏まれないし、変な隣人もいない。

 この日、彼はシャンパンを飲みながら自宅から外を眺めていた。巨大なビルがニョキニョキと建ち、まるでコンクリートの密林だ。

 彼は自宅を豪華に見せたかったので、大量の金銀を集めては住宅改修を繰り返した。今では夜景と共に煌々と輝いている。

 しかし彼は、住宅改修で重くなり過ぎた家が、落下寸前だとは知らなかった。結果、家と共に落下した。

 幸い巣がクッションとなり、男は奇跡的に助かった。病床で彼は思った、もう自分のために金を使うのは止めようと。同時に亡き両親のことを思い出した。仮に当時の自分が金持ちだったならば、彼等を救えたのではないか、と考えた。

 退院した彼は、貧困者に金を配布することを決めた。スラム街に行き、大金を空からばら撒いた。金を他者に分け与える者がいる反面、他者から金を奪い独り占めする者も出現した。奪い合いは次第に大きくなり、やがて殴り合いのファイトクラブ化とする。

 男はその光景を眺めて満面の笑みを浮かべた。





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