第51話 お見舞いに
魔界から帰ってきた次の登校日、光輝は学校を休んだ。
体育祭の興奮が落ち着いてきていたその日。華月は京一郎に頼まれて、光輝の家にプリント類を届けることになった。
「ここ?」
貰った地図を頼りに電車に乗り、知らない道を歩く。そして辿り着いたのは、2階建ての住居だった。
一度は来たことがあるものの、それは光輝と京一郎恭一と一緒に真夜中だった。華月は緊張しつつもインターフォンを押す。すると、すぐに家の中と繋がった。老女の落ち着いた声が聞こえる。
「はい」
「あっ、こんにちは。みつ、光輝くんのクラスメイトで黒崎華月と言いますっ。プリントを──」
「あら、黒崎さんね? ちょっと待っていて」
「え? は、はい」
何となく弾んだ女性の声に首を傾げながら、華月は玄関の前に立ち尽くした。
やがてパタパタという足音が聞こえ、引戸が開く。そこには華月より少しだけ背の高い老女が立っていた。
「わざわざありがとう。ふふっ」
「あの……?」
「ごめんなさいね。あの子がよく話してくれる『黒崎』って子がどんな女の子か知りたかったのよ。こんなに可愛らしいなんて、光輝も隅に置けないわね」
「へっ!? えっと……」
「とはいえ、あの子は無口だから。一言二言なんだけれど」
老女は光輝の祖母・満江を名乗り、華月からプリントを受け取った。それから華月を上から下まで見て、にこにこしている。
満江の話に口を挟めなかった華月は、意を決して尋ねてみた。
「あの、光輝くんの容態はいかがですか?」
「変わらず、眠ったままよ。でも穏やかに寝てるから、体が回復すれば目を覚ますわ」
「そう、ですか……」
目に見えて不安そうな華月に、満江は柔らかい笑みを浮かべた。
「心配?」
「……はい。光輝くんは無茶して、わたしを助けに来てくれたのに。わたし、何も出来ないんです」
「華月ちゃんがこうやって待っててくれるから、光輝は大丈夫。数日もすれば、きっとね」
心配してくれてありがとう。満江は微笑み、それでも表情の優れない華月に向かって小声で言う。
「昔、息子もよく無茶をして寝込んでいたから、私たちは慣れっこなのよ。望も、よく誰かのために戦って怪我をしていたから」
「それって……」
「ふふ、内緒よ?」
茶目っ気たっぷりにウインクした満江は、華月が何者かも知っているのだろう。自分の息子が勇者であったことを仄めかした上で、ちらりと家の中を見てから微笑んだ。
「あの子が元気になったら、また仲良くしてあげて。華月ちゃんは、きっとあの子の特別な人だから」
「……はい」
淡い赤に色付いた華月の顔を満足そうに見て、満江は嬉しそうな顔をする。だから華月も、きっと大丈夫と思うことが出来た。
しかしその後1週間、光輝は目を覚まさなかった。
☾☾☾
1週間後の昼休み。教室で歌子と共にいた華月は、職員室に呼び出された。
提出物を先生のもとへと届けたクラスメイトが、雑談をする華月たちの所へ歩いてきたのだ。
「黒崎さん、間先生が来いって」
「先生が? 何だろう」
「待ってるから。行っておいでよ、華月」
「うん。歌子、また後でね」
歌子に見送られ、華月は生徒たちが思い思いに過ごす廊下を速足で歩いて職員室に向かった。丁度出て来た生徒と入れ替わり、京一郎のいる机を目指す。
そこには先客がいた。
「トリ……赤葉くん」
「よお、黒崎さん。お前も先生に呼ばれたのか?」
「そう。ということは、赤葉くんも?」
「ああ、2人共呼んだよ」
机の上にあったメモ帳を手に取り、京一郎は数枚めくった。そこには何かが走り書きされていたが、読みづらい。
華月と友也が走り書きの内容を尋ねるより先に、京一郎が口を開いた。
「実はさっき、白田のお祖母さんから連絡があったんだ」
「えっ、本当ですか!?」
身を乗り出した華月に、京一郎が頷く。彼の表情は何処か安堵していた。
「本当だ。お祖母さんによれば、白田が目を覚ましたらしい。1週間も眠っていたからぼんやりしているようなんだが、熱もないし怪我の具合も落ち着いているとか。だから、黒崎と赤葉に様子を見に行ってもらおうと思ったんだが」
どうかな。京一郎に問われ、友也は何か考える素振りを見せた。彼の表情は、何かを企んでいるようにも見える。口端を片方引き上げた。
「オレは良いけど、黒崎さんは?」
「わ、わたしは……」
頬を染め、迷う素振りを見せる華月。前回は光輝と会うことが出来なかったが、今回は会えることが間違いない。しかしだからこそ、あの戦い後初めての対面は緊張感があった。
次に会った時、光輝に対して普段通り接することが出来るだろうか、と。
視線を彷徨わせる華月の前に、京一郎がプリントの束を差し出す。見ればそれは、ここ1週間の授業プリントだった。
「これがないと、あいつも困るだろ。黒崎、赤葉と一緒に行って来てくれないか?」
「わ、かりました。困りますもんね」
華月はプリントを受け取り、友也と放課後に待ち合わせする約束をした。その時丁度昼休み終了を告げるチャイムが鳴る。
「それじゃ、頼んだよ」
「はい」
「はい。じゃ、放課後な」
「うん」
華月と友也はそろって教室に戻り、急いで教科書などを準備する。
歌子に問われ、華月はもう一度光輝のお見舞いに行く旨を伝えた。勿論、友也も一緒だと。
「起きたんだ、よかった」
「うん。一時はどうなるのかってほんとに心配したよ……」
「じゃ、わたしも心配していたって伝えてね」
「わかった」
先生が教室に入って来たことで会話は中断された。
授業が始まり先生の話に耳を傾けていた華月は、ふと職員室での友也の表情を思い出していた。何かを企むように、獲物を見て舌なめずりをする獣のようにも見えた笑みの表情。
(気のせい、かな)
教室の対角線上にいる友也の背中を何となく見ながら、華月はそんなことを思って内心首を傾げていた。
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