第52話 無料チケット
放課後。職員室へクラスの提出物を届ける関係で他のクラスメイトよりも帰るのが遅くなった華月は、急いで校門へと向かった。
正門へ走ると、門に背中を預けた友也が本を読んでいるのが見えた。
「赤葉くん!」
「おお、黒崎さん。日直お疲れ」
「遅くなってごめんね」
息を切らせて謝る華月に、友也は文庫本を鞄に仕舞いながら苦笑した。
「別に、大丈夫だ。それに何時に行くっていう連絡はしてないしな」
「とりあえずの集合時間、10分過ぎちゃったから……はぁ」
「はい、深呼吸」
「―――ふぅ。ごめん、落ち着いた」
「よし、行こうか」
友也に肩を叩かれ、華月は頷いた。友也の腕には、京一郎から預かったプリント入りの封筒が抱えられている。数科目のプリントが束になったものらしい。
帰宅する生徒がまばらになりつつある通学路を通り、2人は最寄り駅へと向かった。
☾☾☾
「……ここか。綺麗な家だな」
「そう、ここだよ」
光輝の家を初めて見た友也が正直な感想を呟き、華月は苦笑いを返すしかない。インターフォンを押し、満江の返答を待つ。
「……はい」
「あ、あの。この前お邪魔しました、黒崎です」
「おい、黒崎さ……」
友也が何かに気付いたのか華月を止めようとしたが、時既に遅し。インターフォンの向こう側にいた誰かが笑った気配がした。
「ふっ……黒崎と赤葉だな。少し待っててくれ」
「え、白田くん?」
「まじで気付かなかったのか……ウケる。くくっ」
「わ、笑わないでよ! 緊張して必死だったんだから!」
プツンと通話が切れてぽかんと硬直した華月を見て、友也が腹を抱えて笑い出す。そんな友也に赤面を見せた華月だが、気を取り直して光輝がやって来るのを待つ。
その間、友也はどうにかこうにか笑いを収めるのに必死だった。
数分後。玄関の戸が開いて、光輝が姿を見せた。腕や頬に絆創膏を貼り付けて、部屋着らしいシャツとスウェットパンツを身に着けている。少し痩せたようだが、怪我は治っているようだ。
石畳を踏み真っ先に駆け寄った華月が、光輝の顔を覗き込む。潤みそうになる目に頑張って力を入れた。
「白田くん、もう体調は大丈夫? 歌子も……わ、わたしも心配してたんだよ。……ずっと、目を覚まさなかったから」
「ああ。……こほっ。少し喉の違和感が残ってるけど、後は特に問題ない。黒崎も赤葉も、心配かけたな」
入れよ。光輝に促され、華月と友也は光輝の自宅へお邪魔した。
木の薫りが感じられる廊下を通り、2階位置する光輝の部屋へと向かう。途中には幾つもの
祖父母の部屋、居間へと繋がる襖。それらの横を通り過ぎながら、光輝は言う。
「今日は、祖父さんたちは出掛けてるんだ。最近ずっと俺に付きっ切りで看病しててくれたから、もう大丈夫だって言ったら、趣味の山歩きに夫婦で行ってる」
「そうなんだ。仲良しなんだね」
「……ああ、そうだな」
少し照れくさそうに、光輝が苦笑する。その仕草だけで、彼が祖父母を本当に大切にしているのだと感じられた。
階段を上れば目的の部屋という所で、光輝が華月と友也を振り返った。
「この先が俺の部屋だ。飲み物持って来るから、2人で行っててくれるか?」
「わかった」
「早く来ないと勝手に物色するからな?」
「やめろ」
本当に嫌そうな顔をする光輝に、友也は「冗談だよ」と言って彼の背中を押した。少し不安そうな顔をしつつも、光輝は背を向けて台所へと向かう。
華月は2人の掛け合いを微笑ましく見ていたが、友也に「行こうぜ」と誘われ当初の目的を思い出した。肩を竦め、歩き出す。
光輝の部屋は相変わらず、黒・グレー・青で統一された落ち着いた雰囲気を持つ。青いカラーボックスに立てかけられていたのは、勇者の剣と盾だ。
「……」
柔らかな絨毯に胡坐をかいて勝手に本棚などを物色する友也に呆れつつも、華月はふとその剣と盾が気になった。
以前触れた時、華月は魔族の血を引く影響で触れることが出来なかった。今はどうなのだろう、と思い付いたのだ。
(魔王の血を引くことは変わらないけど、わたしの中から黒龍はいなくなったしもしかしたら……)
淡い期待を籠め、這うようにしてそっと手を伸ばす。あと数センチというところで、華月の頭に何かの声が響いた。
――新たな勇者と心を通わせた者。触れることを許そう。
それは、剣と盾の声だった。突然のことに驚きながらも、華月は恐る恐る更に手を伸ばす。
指の先が剣の柄に触れたが、恐れていた衝撃は訪れなかった。
「よ、よかった……」
「どうしたんだ、黒崎さん?」
「な、何でもないよ」
ほっと胸を撫で下ろした華月は、友也に首を傾げられて思わず手を振って誤魔化す。
ふうん、と目を瞬かせた友也はそれ以上詮索することはない。その代わり、あっと声を上げた。
「今更だけど、黒崎さんに言おうって思ってたことがあるんだ」
「改まって、どうしたの?」
今度は華月が首を傾げる番だった。光輝はまだ現れない。
「黒崎さんが『黒龍秘法』を使えるようになった時、声が聞こえなかった?」
「そういえば……聞こえた。『ならば、黒龍の持つ力を借りろ』って」
「そう、それ。その声の主、オレなんだよね」
「……え」
目を丸くする華月に、友也は何でもないことのように続けた。
「オレが天使の力を使って、黒崎さんの心に直接語り掛けたんだ。丁度困ってる様子だったし、新たな力を目覚めさせるのに良いタイミングだったしってことで」
「あの声、赤葉くんだったんだ……。声のお蔭で、双頭の鴉を倒せたよ。ありがとう、赤葉くん」
「もっと驚くとか引くとかされるかと思ったけど、黒崎さんは大物だな」
「赤葉くんが普通に話すから、そんなトーンになっただけだよ。ほんとはびっくりしてるんだから」
「そうか? ……あ、これからはオレのこと『友也』で良いから。折角色々乗り越えた仲間なのに、名字呼びじゃ距離が遠いだろ?」
「ふふっ、わかった。じゃあ、友也くん。わたしのことも名前で良いよ」
「呼び捨てはあいつに殺されそうだな。ま、いっか」
けらけらと笑う友也に首を傾げる華月は、背後でノックする音を聞いて「はい」と返事をした。立ち上がって襖を開けると、3人分のジュースを乗せたお盆を持った光輝が立っている。
「開けてくれて助かった、黒崎」
「ううん。ジュース、ありがとう」
座卓のような小型の机にお盆を置き、光輝がコップをそれぞれに手渡す。それが終わると、友也が京一郎から預かった封筒を取り出した。
「これ、先生から預かった。授業のプリント類だと」
「助かる。ありがとな」
「これくらい、華月もオレも何てことないよ。それより、明日から出て来れるんだろ?」
「ああ……。赤葉、お前今」
「ん? ……あ~、やっぱし?」
茶化す友也に、光輝は少しだけ眉間にしわを寄せた。しかし友也が華月を指差すのを見て、彼女自身が許可したのだと思い当たる。
(別に、黒崎は俺のものじゃないし……って何考えてんだ!?)
密かに煩悶する光輝は、更に何かを考えてニヤついている友也の頭を掴んだ。おい、とドスのきいた声が出る。
「何を企んでる?」
「あ、ばれたか。実はさ、先生にも話したら絶対お前ら二人に渡せって言われて……」
光輝の手から逃れた友也が鞄から取り出したのは、2枚のチケットだった。何かと身を乗り出した華月が、目を瞬かせる。
「これ、市内にある大きな水族館の?」
「そうそう。たまたまスーパーでくじ引きやっててさ、それで当たったんだよ。だから――」
ひらひらとチケットを振り、友也はそれを華月と光輝の前に差し出した。ぽかんとそれを見るしかない2人に、彼は逃げ場をなくさせた。
「お前らにやる。次の土日にでも、一緒に行って来いよ」
「「え……ええっ!?」」
「お、ハモった」
愉快そうに笑う友也の目の前で、華月と光輝は互いに視線を合わすことが出来ずに赤面するしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます