第46話 覚醒

 ――っ!


 華月が目を覚ますと、目の前を黒龍の体躯が通り過ぎて行くところだった。黒龍は振り向きざまに華月が目覚めたことに気付いたのか、わずかに目を細める。

 しかし何か言うことはなく、すぐに前を向いてしまった。


「ここ、あの部屋? 何で浮いて……」


 腕を前に伸ばすと、透明な何かに触れた。膜のような強固な壁に囲まれているのだと知った時、華月はその壁に手をついて身を乗り出した。


「白田くんッ」


 華月の悲鳴と光輝が黒龍の尾にはたき飛ばされたのはほぼ同時だ。勢いのままにぶつかった光輝は、ひびの入った壁を背にしてゆっくりと立ち上がる。

 幸い骨を折ってはいないようだが、腕や足、服には血が付着していた。


「まだだ」


 光輝の呟きが聞こえたのと同時に、彼は地を蹴った。黒龍の爪を掻い潜り、スライディングで黒龍の背後を取る。

 しかし黒龍も簡単には後ろを取らせない。尾を振り、再び光輝を弾き飛ばそうとした。


「同じ手は、二度と食わないぜ!」


 トリーシヤの声と共に、白銀の矢が飛んで来る。それは黒龍と光輝の間を引き裂いて、光輝が逃げる隙を作った。


「助かった、トリーシヤ」

「おう。でも余裕なんてないぞ」

「知ってる」


 トリーシヤが炎のバリアを張り、光輝はそれに黒龍の尾が当たるのを見て飛び出した。剣を閃かせ、叩きつけるように振り下ろす。


 ――ッ。


 黒龍の表情が歪み、痛みを感じているのがわかった。光輝は剣に力を籠めようとしたが、黒龍の抵抗によって吹き飛ばされる。

 その隙にトリーシヤが『極炎昇華』を放ち、黒龍の視界を塞ぎ肌を焼いた。


 ――オオオオォォォォォッ


 黒龍が咆哮し、体を黒いオーラが包む。それは小さな無数の刃となり、光輝とトリーシヤに向かって降り注ぐ。

 華月が使っていた『刃葉』だ。


「ちぃっ」

「うおっ」


 光輝は落ちて床に突き刺さっていた結界の破片を壁にして防御し、トリーシヤは飛び回ることで回避する。

 それでも翼の一部が傷付き、トリーシヤは苦笑いした。少しバランスが悪くなり、真っ直ぐに飛ぶにはコツがいる。


「――やってくれるな」

「もう一度行くぞ、トリーシヤ!」

「おう」


 トリーシヤと頷き合い、光輝が剣を構えた。そこに光が集まり、光輝の中で何かが目覚めようと息をしている。

 既に勇者の力を受け継いだ光輝の魔力の扉が完全に開く、最後の一押し。トリーシヤによって黒龍から攻撃を気にせずに剣戟を放つ隙を狙っていた光輝は、ふと顔を上げて目を見開いた。


「――華月!?」

「えっ、黒崎さん目を覚ましたのか!」


「白田くん、トリーシヤくん!」


 外に向かって華月も叫ぶが、壁が邪魔をして声が届かない。しかし光輝とトリーシヤの声、はこちらに聞こえる。かろうじて、彼らが自分に気付いたことだけはわかった。


「どうして……どうして見ていることしか出来ないの? あんな風に、傷付けたい訳じゃないのに。一緒に戦うって決めたのに」


 ぼろぼろと涙を流し、華月は壁を殴った。何度2人の名を呼んでも気付いてもらえなかったが、ようやくこちらの無事を知らせることが出来たのに。

 涙をぬぐい、視界の歪みを直す。それでもぶれる中、華月は光輝と目が合った。

 本当に優しい表情かおをして、光輝が口を開く。


「え……?」


 光輝が何かを口にした。とても短い言葉が、彼の唇から零れた。それが何を意味するのかはわからなかったが、華月は何故か胸の奥が大きく鼓動するのを自覚した。ドクン、と跳ねて顔が熱くなる。

 おそらく光輝たちは、華月に自分たちの声が聞こえていることを知らない。だから口パクなのだろう。


(まさか……うん、まさかね……?)


 かぶりを振り、華月は眼下で光輝が魔力を解放する様子を見詰めた。白く輝く剣を構え、茶色の瞳が閃く。彼の傍で、トリーシヤもまた全力を出そうとしていた。


「わたしも、ここから出なくちゃ」


 華月は両手を透明な壁につき、目を閉じる。心の更に奥、黒龍が棲んでいたはずの場所に意識を下ろす。


(いない……?)


 呼び掛ければ応じてくれていたはずの黒龍の気配がない。本体が顕現している今、化身とも言える存在はもういないのだろうか。

 思えば魔王の城に囚われてからというもの、華月の傍に黒龍はいなかった。


(それでも)


 華月は唇を引き結び、外の世界での戦いを思う。

 光輝とトリーシヤが黒龍を倒そうと必死に戦っている。エンディーヴァとロウの姿も見えたことから、彼らも戦っているのだろう。

 それなのに、自分は守られていて良いのか。一緒に戦いたいと京一郎と光輝に願った気持ちは嘘だったのか、と華月は自問する。


「もしも、もしもわたしに力があるのなら……お願い、力を貸して」


 指を折り、握り締める。大好きで大切な人たちと一緒に居たい、そんな願いを心の中で繰り返す。そのために、ここを出る力が欲しいと。


 ――フォンッ


「あ……」


 華月は胸に溢れ出した魔力の光を感じ取り、目を開けた。すると自分自身が黒い光に取り巻かれていることに気付く。黒龍の力と黒という色は同じだが、この色はもっと優しい感じがする。

 この光が自分の魔力なのだと理解した時、華月の唇は勝手に言葉を紡いでいた。


闇花萌芽やみはなほうが――『つぼみ』」


 ――ドンッ


 華月を包む黒い花弁が現れ、爆発する。

 突然の出来事に、光輝とトリーシヤ、更に黒龍が動きを止めて華月がいたはずの場所を見上げた。


「華月―――ッ!」


 魔力を使い黒龍と互角に渡り合っていた光輝は、爆発を見て焼けた喉を顧みずに叫んだ。

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