第47話 決着と再会

 華月が閉じ込められていたはずの球体が爆発し、下にいた光輝たちはぎょっとした。破片などは落ちて来ないが、黒い煙が絶え間なく立ち昇る。

 光輝の中で最悪の結果がよぎった。飛び出そうとした光輝の腕を、トリーシヤが捉まえる。


「華月、華月―――っ」

「落ち着け、光輝っ」

「離せ! あいつが、華月がっ」


 トリーシヤに羽交い絞めにされながら、光輝は取り乱して暴れる。

 そんな2人を見下ろして、黒龍が嘆息した。


 ――五月蠅い。……見ろ。

「は? 何、を……」


 黒龍の見る方向に顔を上げた光輝とトリーシヤは、改めて目を見開いた。


「か、づき……?」

「黒崎さん、無事だな。あーびっくりした」

「……よかった」


 2人と黒龍が見上げる空中に、開いた黒い花が咲いている。その中心に座り込んでいた華月が、口元に両手をあてて叫ぶ。


「白田くん、トリーシヤくん!」

「オレのことは呼び捨てで良いよ、黒崎さん。……ほら、光輝」

「うわっ」


 トリーシヤに背中を押され、光輝はつんのめりそうになって慌てて体勢を元に戻した。そして一瞬迷う仕草をした後、華月に向かって両手を広げた。恥ずかしさよりも急く気持ちが先走り、上を向いていた。


「来い。――

「――うんっ」


 顔を真っ赤にして頷いた華月が、黒い花から飛び降りる。真っ直ぐに、光輝の腕の中へ。空中で小さな黒い翼が広がり、落下の衝撃を小さくしてくれた。


「おかえり、華月」

「ただいま……白田くん」


 ふわりと舞い下りた華月を、光輝は力いっぱい抱き締める。全ての傷の痛みが癒える気がして、ほっと息をつく。ようやく戻って来た華月に触れ、息苦しかったはずなのに呼吸が出来る。


 華月もまた、溢れ出した涙を止める術を知らない。いっぱいいっぱいだった気持ちが溢れるまま、光輝の温かさにすがりつく。

 光輝の服を汚してしまうとか、彼の傷だらけの体の負担になりたくないとか、そんな気持ちもあったはずだ。しかし全てをかなぐり捨ててしまうくらいには、華月は限界だった。


「白田くん、白田くんッ」

「ああ、大丈夫だ。もう、独りにはしないからな」

「――ゴホンッ」


 不意に聞こえた咳払いに、華月と光輝は目を瞬かせた。そして自分たちが何をしているのかに気付き、同時にこれ以上ない程に赤面する。ぱっと離れ、こちらを見詰めているトリーシヤに言い訳を開始した。


「あ、あのっ。トリーシヤ、これは……っ」

「何笑ってんだよ、トリーシヤ!」

「いや……ふふっ。面白過ぎるだろ、2人共」


 クックッと堪え切れない笑いに肩を震わせ、トリーシヤは涙目になりながら深呼吸した。

 笑いを抑え、ようやく息をつき、トリーシヤは少し真面目な顔で2人と向かい合う。


「忘れてるかもしれないけど、今はまだ戦闘中だからな?」

「わ、わかってる……」

「どうだかなぁ。ククッ」


 全てを放り出して華月を迎えた光輝に、さっきまでの怖いくらいの気迫はない。そしてトリーシヤ自身も、戦う姿勢ではなくなった。今黒龍やヴェリシアに攻め込まれたら、瞬時に対応出来る自信はない。

 その時、思わぬ声が落ちて来た。


 ――いや、我ももう戦う気はない。

「「「!?」」」


 華月たち3人が振り返ると、黒龍がこちらを見下ろしていた。何処か、目元が優しいように見える。

 黒龍は長い体を緩く巻いて浮かぶと、ふっと彼らとは違う方向を見やった。


 ――あやつらも、問題ない。無事にいる。

「あやつら?」


 華月が首を傾げると、黒龍はふうーっと息を吐いた。すると土の壁と結界の檻が崩壊し、その向こう側にいた3人の姿が露わになる。

 安堵した顔のエンディーヴァの傍にロウが立ち、ヴェリシアが腰を抜かしたように座り込んでいる。そして、横になっていた女性がゆっくりと上半身を起こした。


「何が、起こったのですか……?」

「! 母上、気が付かれたのですか?」

「母上……」


 何処か眠そうなぼんやりとした女性の声。その声にエンディーヴァとヴェリシアが反応を示す。片や嬉々として、片や顔を青くして。

 そして華月は、現実味を感じずに呆然としていた。


「おかあ、さん……?」

「……誰かしら?」

「母上、カヅキです。母上が日本に置いてきたと言っていた、あなたの娘の」

「か、づき?」


 エンディーヴァに説明され、魔王は目を瞬かせる。そして振り返ると、立ち尽くす華月と目を合わせた。

 真っ黒で床につくほど長い髪と、夜空のような色の瞳。華奢な体躯に濃い紫のドレスを身にまとい、魔王はエンディーヴァの支えを借りて華月の前へと歩いて来た。

 そして棒立ちの華月の前に中腰となると、そっと白い指を華月の頬に這わせ、魔王は淡い笑みを浮かべた。


「大きく、なりましたね。あきらさんはお元気かしら、華月」

「おかあ、さん……っ」

「よく顔を見せて下さい。あなたを置いていって、本当にごめんなさい」

「お母さんっ」


 華月は魔王に抱き付き、魔王は娘の背中に手を回して受け止めた。わんわん泣き出す華月の背を優しくたたき、母親の表情をして魔王は静かに涙していた。


「……」

「……(よかったな、華月)」


 トリーシヤと光輝は顔を見合わせ、ようやく会うことが出来た親子を見て微笑み合った。彼らの隣にはエンディーヴァがおり、鼻をすすりながら涙ぐんでいる。

 壁に穴が開いたりひびが入ったり、床が荒れ狂ったりした地下の部屋。今はそんな激戦を忘れさせるような空気が漂っていた。


 ☾☾☾


「そう、か。よかった」

「どうしたの、先生?」


 帳高校の職員室。魔界に行かせていた幻蝶の報告を受けていたキョーガが胸を撫で下ろすのを見て、歌子は身を乗り出した。流石に眠くなっていた歌子だが、目を覚ましていた。

 2人で魔界へ向かった光輝たちを待ちわびていたのだが、約束のタイムリミットまで数時間を切っている。

 ギシリ、と椅子を鳴らして腰掛けたキョーガは歌子に向かって微笑んだ。


「無事、黒崎を救い出したそうだ。もう少しすれば、戻って来るだろう」

「そっか……よかったぁ」


 机に置いていた冷めてしまった紅茶を飲み干し、歌子も笑った。


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