第42話 勇者の盾
『─────……』
「何だ、この音?」
「音というか、声だな」
「ご明察」
光輝とトリーシヤの掛け合いに、イレイストは
「彼は優秀な眷属です。魔物だと見くびらないで下さいね?」
そう言うが早いか、イレイストの傍からイルカが離れる。姿を消したそれの行方を光輝が探すと、背後でトリーシヤの悲鳴が聞こえた。
「トリーシヤ!?」
「ぐっ……。白田、こいつ速い!」
ドゴッという破壊音が聞こえた時、トリーシヤは壁に叩きつけられていた。決して広くはない地下通路に、イルカのけたたましい雄叫びが響き渡る。
弦義はすぐさまトリーシヤのもとへと駆け寄ろうとしたが、イレイストの水弾によって進路を塞がれた。悔しげに顔を歪ませる光輝に、イレイストは更なる攻撃を浴びせる。
放たれた鋭い水流を躱す光輝は、天井から突き出した岩が震えていることに気付く。それが落ちてくると気付いた光輝は、後ろから突進してきたイルカには気付かなかった。
「がっ!?」
「白田!」
受け身の姿勢をとり、光輝は致命傷を免れた。しかし驚異はまだ去っておらず、 イレイストの水流が岩を支えるものが失われて落ちる。
岩の下にはイレイストがおり、彼は意味深に微笑む。
「これで、終わりだ」
その言葉通り、イレイストに向かって岩が落ちる。そして押し潰される──ことなどあるはずがない。
岩は水流に運ばれ、光輝に向かって突進した。急流に乗って迫る岩を前にして、光輝に逃げる暇など与えられない。
自分が岩に押し潰されて死ぬ未来を見た気がして、光輝は歯を食い縛った。
「光輝ーーー!」
荒波に呑まれた光輝の姿が視界から消える。トリーシヤは初めて光輝の名を叫び、壁に手をついて立ち上がった。そして翼を広げ、イレイストに向かって右の拳を突き出した。
拳からは、太陽のコロナの様に炎が噴き出す。火の勢いはそのまま、トリーシヤの怒りの激しさだ。
「貴様、絶対に倒す」
「勇者の息子を殺したから、次は天使ですね。そんなに怖い顔をしなくても、同じ場所に送って差し上げ……──」
イレイストの言葉が止まる。目の前にあるものを信じられないとでも言いたげに、目を丸くした。
トリーシヤは背後に、岩が砕かれるような大きな音を聞いた。何かにぶつかり崩れたものが、彼の足元に水と共に流れてくる。
「みつ、き……?」
「けほっ。……よぉ、トリーシヤ。心配、かけたな……かはっ」
「お前、火傷した喉に水を大量に飲み込むとか。バカだろ」
「死ななかっただけ、良しとしてくれ」
ずぶ濡れで傷だらけの光輝が岩の欠片の間から立ち上がり、苦笑いをした。
イレイストは半ば呆然と見詰めていたが、我に返ってまくし立てる。どうして光輝が生き残ったのか、理解出来ないのだ。
「な、何故生きている!? あの岩と水を受けて、何故っ」
「これだよ」
光輝が持ち上げたのは、勇者の盾だ。剣1本で戦っていた彼が仕舞っていたもので、この城では1度も使っていない。
光輝は傷だらけになった盾を撫で、呟いた。
「流石にぶつかってたら死んでたけどな。こいつが現れて、守ってくれたんだよ」
まるで意志を持っているかのように現れた勇者の盾は、岩にぶつかってもびくともしなかった。それどころか激流の中で岩を押し返し、破壊したのである。
光輝は何処か、盾の力の中に父・望の遺志を感じていた。
「父さんなら、絶対に諦めない。どんなに逆境でも、自分がすべきだと信じた道を行く。だから……俺も死ぬわけにはいかない。華月と共に、元の世界に戻る」
光輝の瞳に、確固とした決意の光が瞬く。
「イレイスト、ここを通してもらうぞ」
「──っ、通さない!」
「光輝、ぶちかませ!」
「ああ」
トリーシヤの声援を受け、光輝の握る剣が輝く。刃を横にして、光輝は柄と刃の部分にそれぞれ手をあてる構え方をした。
光輝が持たないはずの魔力の気配を感じ取り、トリーシヤは苦笑した。光輝の気配は、師匠から伝えられていた勇者・望の魔力の気配に酷似している。
(勇者の力は受け継がれた、か)
納得して見守るトリーシヤの目前で、2つの力が正面からぶつかる。水の激流と光の奔流。それらがぶつかった場所から爆発音が鳴り響き、閃光が走った。
「おおおぉぉぉぉっ」
「はあぁぁぁぁぁっ」
辺りは土煙に閉ざされ、地下通路の壁が剥がれ落ちる音がした。爆風が巻き起こり、トリーシヤの金髪がたなびく。
やがて風と音が止み、静寂が訪れる。
目を開けたトリーシヤは、勝負の結末を探した、すると、少し離れたところに向かい合って立つ2人の姿を見付ける。
(まさか、あの激戦でも決着がつかないとでも言うのか?)
戦慄したトリーシヤが1歩踏み出そうとした時、ぐらりとイレイストの体が
光輝が勝ったのだ。
「みつ、き」
「トリーシヤ、行くぞ。この先、に……」
「光輝!」
光輝の体がバランスを失い、倒れかける。彼の体を支え、トリーシヤは「全く」と呆れ顔で微笑んだ。
「無茶しすぎだ。そんなんじゃもたないぞ」
「意地でももたせる。ありがとな、トリーシヤ」
「喜ぶのは帰ってから、だな」
光輝の体を離し、トリーシヤは笑った。しかしふと真顔になると、イレイストが守っていた通路の先を見やる。
「この先から、
「ああ。……痛いくらいだ」
ぶるっと武者震いをして、光輝は剣を握り直す。正確な時刻はわからないが、タイムリミットは確実に迫っている。焦らず、しかし急がなければ。
「必ず取り戻す」
「──行こうぜ」
光輝とトリーシヤは気合いを入れ直すと、地下通路の更に奥を目指した。
☾☾☾
──オオオオォ
強風がビルの間を通り抜けるような音がする。しかしそれが生き物の鳴き声だと知る者は、どれ程いるだろうか。
どろどろぐちょぐちょに歪んだ魔力の渦が満ちる空中には、長い黒髪を風に遊ばせる女性が浮いている。彼女に意識はないのか、ぴくりとも動かない。
そしてその女性を見上げる、同じ黒髪を持ち穏やかそうな黒い目を持つ女性──ヴェイジア。
「ようやく、ここまで辿り着いたわね」
独り言ちるヴェイジアは、引いていた手を離す。すると、力が抜けたかのようにストンと華月は座り込んだ。
徐々に蛇の毒の影響が薄れ、華月の目は瞬きを繰り返すことで少しずつ光を取り戻した。
「ここ、は……?」
「途中毒で完全に意識を失っていたようだけど、起きたのね。──さあカヅキ、立ちなさい」
「な、にを」
未だ、華月の体は自分の思う通りには動かない。ヴェイジアの命令で動く体を見ていた華月は、魔力の気配を感じて顔を上げた。
そこには、黒髪の女性が浮いている。そして彼女の周りにとぐろを巻くように、巨大な黒龍が飛行していた。
自分の操る黒龍と似て非なる存在に、華月は怯えた。
「あれは、何? あんな大きさの、見たことない」
「んー? お前にはワタシとは違うものが見えているみたいねぇ。何を見てるのかは知らないけど、あの女の正体は明かしておこうかしらぁ」
くすくすと笑ったヴェイジアは細く白い指を伸ばし、女性を指す。
「あいつは、魔王陛下。……じきに元魔王となる、ワタシたちの母親よ」
「はは、おや。……おかあ、さん」
「感動の再会は済んだ? お前の役割を始めましょうか」
うわ言のように呟く華月の前に立ち、ヴェイジアは華月の額に手をかざした。
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