第41話 地下通路の先

「――はぁ、はぁ」


 光輝とトリーシヤが地下通路へ向かうより少し前、華月は1人で地下通路を歩いていた。蛇の毒による体の痺れは残っており、走ることはおろか早く歩くことすら難しい。壁に体を預けながら、一歩一歩進んでいた。

 かびのような臭いが鼻をかすめ、更に華月の思考を侵す。


「何処まで続いてるんだろ、この道。早く、みんなに会いたいよ……」


 気を確かに保つため、華月は意識的に声を出していた。現状確認から始まり、目的を口にし、今は自分の本心が溢れている。

 歌子や友也、父・明、京一郎たちの顔が浮かぶ中、最も存在感を持つ姿が華月の心を乱す。どうして彼に一番会いたいのか、華月はもう理解して納得していた。ただ、それを言葉として口に出すのは恥ずかしい。


(わたし、白田くんのこと……。伝えるためにも、帰らなきゃ。絶対に)


 ずりずりと壁を這うように進んでいた華月だが、何かに足を取られて転んでしまう。「きゃっ」という悲鳴は土壁に呑み込まれ、体の自由が利かない華月は手で体を支えることも出来ずに地面に叩きつけられた。

 震える腕で体を持ち上げ、何とか足を踏ん張る。よろよろと立ち上がり、そして再び足の力が抜けた。


(そんなっ――)


「あらぁ、大丈夫?」

「あ、すみませ……っ!?」


 自分を支えてくれた声の主を見上げ、華月は硬直した。

 何故ならそこに立っていたのは、自分をこの城に連れて来た張本人・ヴェイジアだったのだから。


「ヴェイジア……」

「相変わらず、言葉遣いがなっていないようねぇ。まあ、いいわ。どうせ、あなたの言葉を聞くのもあともう少しでしょうから」

「何を……」


 何を言っているの。華月が口にするよりも早く、ヴェイジアはくすりと意味深に微笑んで見せた。そして指を鳴らすと、自分の腕に眷属の蛇を這わせる。


 蛇を見て、華月は顔を青くした。自分の体が思うように動かないのはその蛇のせいだと知っているため、無意識に体を遠ざけようとする。


「!?」

「あらぁ、失礼な反応ね? この子たちは我が眷属。――でもまあ、あなたが怖がるのも無理からぬことね?」


 クスクスと笑うと、ヴェイジアは蛇を這わせたまま、華月の手を引いた。

 華月は抵抗するために足を踏ん張ろうとしたが、体は彼女の意に反し、勝手にヴェイジアについて行く。「どうして!?」と華月が悲鳴を上げるのを聞き、ヴェイジアは楽しげに答えを教えた。


「驚いたかしらぁ? これも、蛇の毒の作用よ。あなたは毒のせいで、ワタシの命令通りに動かざるを得ない。例えそれが、あなたの意に反していてもね」

「―――っ」

「こっちよ」


 涙が華月の目にせり上がるが、意志の力で押しとどめる。青白い顔をして、華月は勝手に動く足を見詰めることしか出来なかった。


 絶望に打ちひしがれる華月に対し、ヴェイジアは本当に楽しげに微笑んでいる。彼女が進む先には魔王である母親が最期を過ごす地下室があり、そこには魔王を喰い尽くそうとする黒龍の力が渦巻いている。


(華月を捧げれは、黒龍の力は我が物にあるも同然。――ふふ、楽しみね)


 ヴェイジアは暗い微笑みを絶やさず、早足で地下通路を進んで行く。

 しかし、ヴェイジアはふと立ち止まった。華月は逃げる意思さえ失ったのか、微動だにしない。


「……来たかしら。イレイスト」

「はっ。ここに」


 何処からともなく現れたイレイストに、ヴェイジアは小声で命じた。


「邪魔者が近付いているわ。儀式が済むまで、部屋には近付けないで」

「承知しました」

「ありがとう」


 イレイストが元来た道を駆け戻るのを見送ると、ヴェイジアは再び目的地へ向かって歩き出した。


 ☾☾☾


 その頃、光輝とトリーシヤは狼のロウの案内で地下通路の前まで来ていた。

 本棚に隠されたその通路は、1冊の本を押し込むことで入れるようになる仕組みだ。ズズズズズ、と本棚が横に移動して、2人の前に下へと向かう階段が現れた。


「わふっ」

「きみもありがとう、ロウ。気を付けて、エンディーヴァのもとへ戻ってくれ」

「あの坊ちゃんに宜しくな」


 ロウは2人を見送り、踵を返した。

 光輝たちは「気を付けて」と言ったが、ここに来るまでに何人もの魔族と魔物をやっつけている。ロウの戻る道には、死屍累々の者たちが横たわっているだけだ。


 一方の光輝とトリーシヤは地下に下り、トリーシヤの力で灯された明かりを頼りにして進んでいた。かび臭いその通路は、何処までも暗い。


(こんな道を、華月は独りで……)


 光輝の胸の奥が痛む。ズクンとした鋭い痛みは、想いを自覚したが故のものか。ただ大切な仲間だということでは片付けられないものが、光輝の中に芽生えていた。


「……こほっ」

「白田、アズールとの戦いで喉を焼かれたんだろう? 大丈夫なのか?」

「──ああ。これくらいで立ち止まるわけにはいかない。待たせてるから」

「ふぅん。無理だけはするなよ」

「悪いが、もうしてる」


 地下通路は人一人が歩くのに丁度良く、隣に並ぶには狭い。トリーシヤは光輝の後ろをついて行く形になっているが、後ろから見ていても光輝の憔悴ぶりが目に見えるようだ。


(こいつ、本当に黒崎さんのこと……)


 こんな状況でなければ幾らでも弄んでやったはずだが、現状はそんなことが出来るほど楽観的ではない。トリーシヤは気持ちを切り替え、自分たちを睨む敵意を探した。

 敵側の本陣を目の前にして、簡単に入ることが出来るはずがない。何かしらの罠や敵が潜んでいるはず――そう思ったトリーシヤの感覚に、明確な敵意が触れた。


「白田」

「わかってる、トリーシヤ。あいつだ」

「他人を指差すな、と教わらなかったのですか?」


 肩を竦めてみせたのは、魔王の次男であるイレイスト。眷属であるイルカを従え、更に彼の魔力である水をまとって2人を待ち構えていた。


「僕の名は、イレイスト。お初にお目にかかります――そして、さようなら」


 別れの挨拶と同時に、イレイストがまとっていた水流が光輝たちに襲い掛かる。それを二手に分かれて躱した光輝とトリーシヤは、着地するやいなやイレイストに向かって飛び掛かった。


「そこを退け!」

「いいえ、退きません」

「だったら、退かせる!」


 水を盾にして攻撃から身を守ると、イレイストは瞬時に両手から溢れさせた水を水鉄砲として撃ち出した。ただし、風呂などでやるあんな生易しいものではない。

 イレイストは両手の人差し指と親指をそれぞれ立てて他の指を握ると、2丁の銃の形を作った。そして、人差し指から銃弾を発射するのだ。

 指を向けさえすれば意図通りに水の弾が飛ぶ。光輝とトリーシヤの合流を許さず、イレイストは2人の攻撃をことごとく防ぎ続けた。


「僕の目的は、姉上の目的の達成――すなわち、儀式の完遂。お前たちに、邪魔はさせません」

「悪いが、俺たちはその儀式とやらをぶっ壊すために来たんだ。――必ず、華月は返してもらう」

「右に同じってね」

「ならば、やってみろ!」


 光輝の剣が閃き、トリーシヤの矢が水を穿つ。

 それでも余裕の態度を崩さないイレイストは、イルカに向かって指を鳴らす。パチンッという音に呼応するように、イルカが音にならない鳴き声を上げた。


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