第38話 思わぬ助力
光輝がアズールに勝利した頃、華月はようやく体の痺れが薄くなったことを自覚した。まだ動きにくい部分はあるが、ある程度の動作に問題はない。
そろっと目を開けると、自分を苦しめたあの白蛇の姿も縄もなかった。
「早く、逃げなくちゃ。……きゃっ」
「動かないで。その体じゃ、走れないよ」
「――だ、れ?」
体を起こした途端、バランスを崩した。そんな華月を支えて困った声で呼びかけた声の主に、華月は聞き覚えがない。驚いて顔を上げれば、そこにいたのは10代前半に見える男の子だった。
少年は、しかし人間ではない。漆黒の髪と目がその証拠だ。更にこの場所にいると言うことは、ヴェルシアの仲間である可能性が高い。
華月の警戒心が上昇したのを感じ、少年は慌てて首と手を振った。
「ま、待って。ボクはエンディーヴァ。……現魔王の三男で、地の申し子」
「じゃあ、ヴェルシアの!」
「静かに! ……姉上の弟であることに違いはないけど、ボクはきみを逃がさないために来たんじゃない。その反対なんだ」
「反対……?」
エンディーヴァと名乗った少年は、そわそわと周囲を見渡した。彼の傍には、見守るように黒い毛並みの狼が付き従う。
華月の疑問符が浮かぶ視線に、エンディーヴァは数回大きく呼吸して「ごめんね」と困り顔で笑った。
「ボクは、きみをここから逃がすために来た。……母上は、こんなことを望んではおられない。ヴェルシア姉上たちをボクが止められれば良いんだけど、魔力も弱いボクじゃ、勝ち目はないんだ」
「そう、だったんだ。……ねえ、この戦いが終わったら、魔王についてもっと教えてくれる?」
「ボクでよければ、喜んで」
気弱ながらも明るい笑みを見せたエンディーヴァは、傍らに丸くなっている狼を揺すり起こした。
「ロウ、カヅキを抜け穴に案内して。ボクはヴェルシア姉上たちがここに戻って来るまでの時間稼ぎをするから」
「ガウ」
了解した。とでも言ったのか、狼のロウはゆっくりと身を起こした。そして華月の傍に移動すると、もう一度身を低くする。
華月がその意味を図りかねて困惑していると、エンディーヴァが小さく笑った。
「カヅキ、ロウの背中に乗って。ロウが城の外へ繋がる通路に連れて行ってくれる。……だけど、その後はきみ次第だ」
あまりにも主人と離れると、眷属は姿を保っていられなくなる。
中途半端でごめんね。エンディーヴァは申し訳なさそうに眉を寄せた。
それに対し、華月は首を横に振る。
「どちらにしろ、どうにかしてこの部屋を出て逃げないとって思ってたから。道筋をつけてもらえるだけでも有り難いよ。この子に送ってもらった後は、逃げ切るから」
「うん。……頑張って」
エンディーヴァに見送られ、華月はロウの背に乗って部屋を出た。ロウは眷属であるためか足音をさせず、飛ぶように廊下を駆けていく。
魔王の城の廊下には、幾つもの鎧兜が立っていた。更に額入りの絵画や彫刻品も。それらをじっくりと見る余裕があるはずもなく、ロウはやがて一切人目に付かずにとある部屋の本棚の前で止まった。
「ガウ」
「ありがとう、ロウ」
背中から下りて頭を撫でてやると、ロウは気持ち良さそうに目を閉じた。そしてぐいぐいと華月の背中を鼻で押し、本棚の前に立つよう促す。
「ガウゥ」
「この本棚、動かせって言うの?」
「ガウ」
そうだとでも言うように、ロウは本棚を見ている。何処かにからくりでもあるのかと、華月は本棚に触れる。
すると棚の上から2段目の本が、不自然に出ているように思えた。華月はそれに手を添え、押し込む。
――ズズズ。
「動いた」
本棚が横に動き、背後に隠された通路が姿を現す。暗闇に明かりはないかと思ったが、すぐに均等な間隔でランタンが灯った。
ごくりと唾液を呑み込み、華月はその通路へおずおずと足を踏み入れた。
☾☾☾
華月を送り出して5分程の時間が経ち、エンディーヴァは早速部屋のドアに細工を施した。普通ならばヴェイジアの持つ鍵で開くドアだが、それとは別の鍵穴を用意した。どちらの鍵穴を使うかを迷わせることで、入室までの時間を稼ぐのだ。
しかし、現実はそれ程甘くはない。
「あら、エンディーヴァ?」
「あ、姉上」
びくりと体を震わせたエンディーヴァが振り返ると、いつの間にか部屋に入っていたヴェイジアに声をかけられた。
何処から入ったのか。内心冷や汗をかきながら、エンディーヴァは柔らかな笑顔で姉に応じる。
「姉上、どうしてこの部屋に? 普段使われない部屋なので、ボクの研究に使ってたんですが……」
「そう、ごめんなさいね。あなたにはまだ言っていなかったかもしれないけれど、ここには魔王の身代わりとなってくれる娘がいたはずなの。……エンディーヴァ、行方を知っているでしょう?」
「何の、こと、ですか……?」
「……」
「……」
笑みでの睨み合いがしばし続いた。
今すぐ逃げ出したいエンディーヴァだったが、ヴェイジアが先に目を逸らしてほっとする。ただ、彼女の次の言葉に戦慄することになるのた。
「……まあ、良いわ。何処に逃げようが、ワタシの手の中からは逃げられない。丁度、地下への階段を下りているようだし、ね?」
「姉上……」
「そんな顔をしないで、エンディーヴァ。これは、なるべくしてなった運命なのだから」
研究、頑張って。それだけ言い置くと、ヴェイジアは部屋から出て行った。
ヴェイジアの言わんとしていることがわかり、エンディーヴァはその場にへたり込む。彼の脇に、ロウが寄り添った。
「ごめん、カヅキ。……逃げてくれ」
「くぅん」
自分に寄り添ってくれるロウを抱き締め、エンディーヴァは父違いの妹を思った。
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