第39話 炎と雷と
光輝を城門に置き、トリーシヤは1人で城に潜入していた。以前師匠から見せられた魔王の城の見取図を頭に思い描きながら、華月が囚われている可能性のある部屋を探す。
トリーシヤは知らなかったが、この時既に華月はエンディーヴァによって部屋を脱出している。
「……ったく、やっぱり広いよな」
──シュッ
足音をたてないために飛んで移動していたトリーシヤは、彼を見付けて尋問しようとした魔族を白銀の矢で射倒しながら呟いた。彼が通った後には、致命傷を免れたものの気絶した魔族が何人も倒れている。
トリーシヤは元々、天界で問題児扱いされていた。天使としては魔力が強すぎ、上手く扱うことが苦手だったのだ。そのために何人も傷付け、家族からも縁を切られた。
しかしそんなトリーシヤを拾い上げたのが、白田望の師匠でもあるルシュリアだ。大天使として名を知られた彼女はトリーシヤを弟子として、魔力の使い方と使うべき時を教え込んだ。そして我が子のように慈しみ、時には烈火のごとく叱りつけた。
「──あなたには、出逢うべき人々がいる。守りたいと願うであろう出逢いがある。だからそれまで、生きて、笑って、強くなりなさい。……そのためにすべきことは、わたくしが全て叩き込みます」
生きて、笑って、強くなりなさい。それはルシュリアが何度もトリーシヤに言い聞かせた言葉であり、トリーシヤの指針だ。
厳しい修行を乗り越え、トリーシヤは天界随一の魔力の使い手となった。そして師は、愛弟子を人間の世界へと送り出したのだ。
(師匠。あなたの言った『出逢い』とは、白田や黒崎さんのことだったのでしょうね)
ならば、とトリーシヤは思う。必然的な彼らとの縁を、解きたくない。必ず、守り切ってみせると。
「だから、オレはあんたも倒すよ」
「やれるもんなら、やってみればぁ」
廊下の途中で、獅子を従えた少女が微笑む。
トリーシヤは彼女の名を知らなかったが、少女はイレイストらから聞いて知っていた。
「お前、トリーシヤって言うんでしょぉ? 天界の住人が、平和ボケした天使なんかがどうしてここにいるの?」
「さあな。言えることは、オレがそこらの天使とは違うってことくらいだ」
――ドンッ
「アタシの名は、オランジェリー。雷の申し子だ!」
「オランジェリー、か。黒崎さんは、返してもらうぞ!」
雷撃と白銀の矢がぶつかり合い、閃光を散らす。そこへ雷をまとった獅子が乱入し、トリーシヤは一旦後方へと飛びすがる。彼が居た場所には、獅子の体当たりによって出来た黒焦げの床があった。
オランジェリーが「あーあ」と肩を竦める。
「そんなところ汚して、まーた姉上に叱られる。……けど、あんたを殺せばチャラかな?」
「悪いけど、進ませてもらうから。あの夜、公園で結界張ってたのあんただろ?」
「あら、知ってるのぉ?」
「……それ破る手伝いしたの、オレだからな。穴開けさせてもらったぜ」
「ふぅん……」
オランジェリーはトリーシヤの言葉を受け、表情を変えた。警戒の色を濃くし、魔力の値を上昇させる。パリパリッと静電気が彼女の体を巡っていく。
「なら、全力を出してぶっ殺すよ?」
「ガルル……」
獅子が唸り声を上げ、床の絨毯を切り裂いた。それが助走だと気付いた時、トリーシヤの頭上に獅子の姿がある。彼の喉を狙い、獅子は爪を閃かして飛び掛かった。
「甘いな。──『
「ギャウッ」
「獅子!」
トリーシヤの手のひらから真紅の炎が舞い躍り、獅子に向かって撃ち放たれる。
炎をまともに喰らった獅子は炎に巻かれ、その見事な暗闇のたてがみの一部を焼かれた。どうっと倒れ伏し、立ち上がろうと
オランジェリーが血相を変えて見れば、獅子の右前足は炎で焼けただれていた。
「このっ──」
「眷属の怪我だ。今は痛むだろうが、時が経てば治るだろ」
「……お前、天使らしくないわね」
「よく言われる」
天使といえば戦いを好まず、全ての種族と友好関係を築いた珍しい者たちだ。ただ一部は戦闘力を保持したまま天界を守るのだが、彼らとて本気を見せることはない。
しかし、トリーシヤはそのどちらとも気配が違う。底無し沼のような魔力と威力を併せ持つ、言わば異端の存在なのだ。
「天使らしくなくても、オレらしく在りたい。だからお前を倒して奪い返すよ、オランジェリー」
「やってみたら? アタシは
「奇遇だな」
トリーシヤは笑うと、『極炎昇華』の威力を弱めて乱れ撃つ。それらはオランジェリーへと降り注ぎ、彼女は電気で創り出した傘をガードとして使用した。
更にトリーシヤが接近戦に持ち込むと、携帯していた短剣で応戦する。オランジェリーは遠距離だけではなく近距離の戦闘も難なくこなし、トリーシヤの剣を弾き返した。
トリーシヤはオランジェリーの剣の切っ先で腕を負傷したが、それをおくびにも出さずに攻め続ける。
キンキンキンッと数え切れない程の剣の交わりが続き、互いに一歩も退かない。白と黒の羽根がふわりと舞い、廊下の照明が砕けた。
「はあっ!」
「くっ」
「あっ」
「そこだっ!」
「まだまだっ」
繰り返される剣の応酬は無数であり、そこに隙などないように思われた。
このまま時間を消費することは出来ない、とトリーシヤは内心焦っていた。更にオランジェリーの援軍か、誰かがこちらへ駆けて来る。
しかしそれは、オランジェリーを絶望させるに足る人物だった。
「──トリーシヤ!」
「なっ! どうしてお前が……兄上は!?」
オランジェリーの焦燥は動きにも如実に表れ、動揺が丸わかりだ。
トリーシヤはその大きな隙を突き、オランジェリーを組伏せる。腕に力を込め、彼女が逃げるのを阻害した。
「ナイスタイミングだな、光輝」
「偶然だけど……間に合ってよかった」
まだ喉が痛いものの、光輝はわずかに微笑んでみせた。空咳をすると、腰の剣に手を添えておく。
「くそっ、離せ!」
「離せるかよ。そこの獅子も動くなよ? 下手に動けば、お前の主人の息根を止める」
「……グルル」
トリーシヤの脅しに、獅子も手が出せない。オランジェリーは何とかして脱しようと足をバタつかせるが、トリーシヤが許さない。
(トリーシヤの方が悪者に見えるな、これ)
少女を組敷く少年の図。どう見ても犯罪だと思えるのは自分だけだろうか、と光輝は思わずにはいられなかった。
光輝のジト目に気付いたのか、トリーシヤが「視線が五月蝿い」と意味不明な文句を言う。
「オランジェリー、オレたちの問に正しく答えたら離してやる……どうだ?」
「問? 大体予想はつくけど、言ってみなよ。答えられるものなら答えようじゃない?」
「意外と素直だな」
「お前の実力がアタシより上だって痛感しただけ。なら、無駄死にを選んだりしないっての」
オランジェリーはため息をつき、トリーシヤから目を背ける。
トリーシヤはわずかに手の力を弱めると、オランジェリーの顔を正視した。
「なら、答えてもらおうか。──光輝!」
「は?」
「『は?』じゃない。お前が一番知りたいことを訊けよ」
蚊帳の外だと思っていた光輝の反応に、トリーシヤが呆れた顔をする。光輝は表情を改めると、オランジェリーの傍に膝をついた。
「オランジェリー。……華月は何処にいる。きみが知っているのなら、教えてくれ」
「教えろって言えば良いのに。あんたも善人ね」
オランジェリーは肩を竦めると、顔を廊下の更に奥の方向へと向けた。光輝とトリーシヤの視線も釣られてみれば、強い魔力の気配が色濃い。
トリーシヤが眉間にしわを寄せ、光輝は剣の柄を握り締めた。
「これは……」
「オランジェリー、この向こうなのか?」
「そうよ。この先、突き当たりの部屋がカヅキを監禁している部屋。もう姉上が移動させているかもしれないけど、行ってみれば良いわ」
トリーシヤの腕の力が緩んだ瞬間を見計らい、オランジェリーは彼の手を振り払って起き上がった。瞬時に2人から距離を取り、主人の無事を喜ぶ獅子の背にまたがる。
すぐに離脱しようとしたオランジェリーだが、光輝に呼び止められて、迷惑そうに振り返った。
「……何? もう用事もないでしょ?」
「1つだけ。『もう姉上が移動させているかもしれない』というのは、どういうことだ?」
「そのまんまの意味。……ああ、あんたらはこれから行われる『儀式』を知らないのねぇ」
「儀式?」
そう。オランジェリーは可哀想なものを見る目で光輝たちを見て、息をついた。ついでだと言わんばかりに肩を竦める。
「これから、カヅキを『黒龍の器』にするために黒龍と繋げる『儀式』を行なうのよ。儀式が済めばカヅキの自我は失われ、ヴェイジア姉上の言う通りに動く人形になる。そうなれば、姉上が魔王として君臨するんでしょうね。……ま、アタシには関係ないけどぉ」
「自我を失い、人形になる……?」
オランジェリーは何でもないことのように言って去ったが、光輝は衝撃からすぐに立ち直ることは出来なかった。彼女の言ったことが正しければ、華月は華月である自分を失ってただ命じられるがままに黒龍の力を使わされるということだ。
つまり、二度と華月という少女と話すことも笑い合うことも何もかも出来なくなることを意味する。勿論、光輝がようやく気付き始めた『想い』を告げることも不可能になるということだ。
「そんなこと、させるか」
「ああ。させないために、さっさと行こうぜ」
「――ああ」
光輝はトリーシヤに頷き返し、決意を秘めた表情で華月がいると思われる部屋へと足を向けた。
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